・・・私もほんとに申訳ないことをしたと思った。私も子供だけれど、百姓の子だから、茄子がこんなに花をつけるまでどんなに手数がかかるかを知っていた。「どうもすみません」 お辞儀しながら、私は犬の方を見た。しかし犬はもうけろりとして、女中さんの・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・そういう教育を受ける者は、前のような有様でありますが社会は如何かというと、非常に厳格で少しのあやまちも許さぬというようになり、少しく申訳がなければ坊主となり切腹するという感激主義であった、即ち社会の本能からそういうことになったもので、大体よ・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・そうでしょう、昔の人は何ぞと云うと腹を切って申訳をしたのは諸君も御承知である。今では容易に腹を切りません。これは腹を切らないですむからして切らないので、昔だって切りたい腹ではけっしてなかったんでしょう。けれども切らせられる。いわゆる詰腹で、・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・私もちょっと拝借しようと思うのですが、前に述べた意識の連続以外にこんな変挺なものを建立すると、意識の連続以外に何にもないと申した言質に対して申訳が立ちませんから、残念ながらやめに致して、この傾向は意識の内容を構成している一部分すなわち属性と・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 「へい、お申し訳もございません。どうかお赦しをねがいます」 ホモイはうれしさにわくわくしました。 「特別に許してやろう。お前を少尉にする。よく働いてくれ」 狐が悦んで四遍ばかり廻りました。 「へいへい。ありがとう存じま・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・特務曹長「将軍、お申し訳けのないことを致しました。」曹長「将軍、私に死を下されませ。」バナナン大将「いいや、ならん。」特務曹長「けれどもこれから私共は毎日将軍の軍装拝しますごとに烈しく良心に責められなければなりません。」・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ ほんとうにその返事は謙遜な申し訳けのような調子でしたけれども私はまるで立っても居てもいられないように思いました。 そしてそれっきり浪はもう別のことばで何べんも巻いて来ては砂をたててさびしく濁り、砂を滑らかな鏡のようにして引いて行っ・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・こうやっているうちに不良にでもなられたら、死んだ親父にも申訳ないと思いますし。――けれどもなまじっか人並以上の暮しをしていた悲しさで今更他人の台所を這いずる気にもなれず……」「……そういうんでは、あなたが今云った朝鮮行きもどんなものかな・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・これは日本の政府が自分自身の組織の中に、あいまいな条件におかれている多くの政治家をもっているために、戦争の責任者の究明をごく申訳け的に行っている事情に呼応するものです。 雑誌編集者も作家自身も、戦争協力に対する責任の追求が、政府のがわか・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・と屡々繰返される両親から、物質的補助を心易く受け得る申訳として、家族の一員と成って其姓を犯す――此を彼にさせてよろしいものだろうか、 此点の決定は、自分を一家のペットとするか、或は又、主義、真理の追従者とするかに別れる。 自分は彼等・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
出典:青空文庫