・・・部、率直に打ち明けて下され、このような状態であるから、とても君の希望に副うことのできないのが明白であるのに、尚ぐずぐずしているのも本意ないゆえ、この際きっぱりお断りいたします、とおっしゃる言葉の底に、男らしい尊いものが感ぜられ、私は苦しい中・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・き残忍性を蔵しているもののようでございまして、そのくせまた、女子は弱いと言い、之をいたわってもらいたいと言い、そうかと思うと、男は男らしくあって欲しいと言い、男らしさとはいったいどんなものだか、大いに男らしいところを発揮して女に好かれようと・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・それを、男らしい「正義」かと思って自己満足しているものが大半である。国定忠治の映画の影響かも知れない。 真の正義とは、親分も無し、子分も無し、そうして自身も弱くて、何処かに収容せられてしまう姿に於て認められる。重ね重ね言うようだが、芸術・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・タンポポの花一輪の贈りものでも、決して恥じずに差し出すのが、最も勇気ある、男らしい態度であると信じます。僕は、もう逃げません。僕は、あなたを愛しています。毎日、毎日、歌をつくってお送りします。それから、毎日、毎日、あなたのお庭の塀のそとで、・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・と答えたのは男らしい。三人は無言のまま顔を見合せて微かに笑う。「あれは画じゃない、活きている」「あれを平面につづめればやはり画だ」「しかしあの声は?」「女は藤紫」「男は?」「そうさ」と判じかねて髯が女の方を向く。女は「緋」と賤しむごとく答え・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・そして確かりした男らしい人でしたわ。未だ若うございました。二十六になった許りでした。あの人はどんなに私を可愛がって呉れたか知れませんでした。それだのに、私はあの人に経帷布を着せる代りに、セメント袋を着せているのですわ! あの人は棺に入らない・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・とかく柔弱たがる金縁の眼鏡も厭味に見えず、男の眼にも男らしい男振りであるから、遊女なぞにはわけて好かれそうである。 吉里が入ッて来た時、二客ともその顔を見上げた。平田はすぐその眼を外らし、思い出したように猪口を取ッて仰ぐがごとく口へつけ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・本当に男らしいものは、自分の仕事を立派に仕上げることをよろこぶ。決して自分が出来ないからって人をねたんだり、出来たからって出来ない人を見くびったりさない。お前もそう怒らなくてもいい。」 又三郎もよろこんで笑いました。それから一寸立ち上っ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・溝口氏が益々奥ゆきとリズムとをもって心理描写を行うようになり、ロマンティシズムを語る素材が拡大され、男らしい生きてとして重さ、明察を加えて行ったらば、まことに見ものであると思う。〔一九三七年六月〕・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・南方風な瞼のきれ工合に特徴があるばかりでなく、その眼の動き、眼光が、ひとくちに云えば極めて精悍であるが、この人の男らしいユーモアが何かの折、その眼の中に愛嬌となって閃めくとき、内奥にある温かさの全幅が実に真率に表現される。それに、熱中して物・・・ 宮本百合子 「熱き茶色」
出典:青空文庫