・・・井戸端に水を汲んでいる女衆や、畑から帰って来る男衆は、良平が喘ぎ喘ぎ走るのを見ては、「おいどうしたね?」などと声をかけた。が、彼は無言のまま、雑貨屋だの床屋だの、明るい家の前を走り過ぎた。 彼の家の門口へ駈けこんだ時、良平はとうとう大声・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・何とおっしゃったって引張ってお連れ申しましょうとさ、私とお仲さんというのが二人で、男衆を連れてお駕籠を持ってさ、えッちらおッちらお山へ来たというもんです。 尋ねあてて、尼様の家へ行って、お頼み申します、とやると、お前様。(誰方 ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「はい、沢井さんといって旦那様は台湾のお役人だそうで、始終あっちへお詰め遊ばす、お留守は奥様、お老人はございませんが、余程の御大身だと申すことで、奉公人も他に大勢、男衆も居ります。お嬢様がお一方、お米さんが附きましてはちょいちょいこの池・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・(また行夫人 先生、あのここへいらっしゃりがけに、もしか、井菊の印半纏を着た男衆にお逢いなさりはしませんでしたか。画家 ああ、逢いました。夫人 何とも申しはいたしません?……画家 (徐に腕を拱さあ……あの菊屋と野田屋へ向って・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・出て来た芸者が男衆らしい男と立ち話していたが、やがて二人肩を寄せて宗右衛門町の方へ折れて行った。そのあとに随いて行き乍ら、その二人は恋仲かも知れないとふと思った。この男を配すれば一代女の模倣にならぬかも知れないと、呟き乍ら宗右衛門町を戎橋の・・・ 織田作之助 「世相」
・・・道太は少年のころ、町へおろされたその芝居小屋に、二十軒もの茶屋が、両側に並んで、柿色の暖簾に、造花の桜の出しが軒に懸けつらねられ、観客の子女や、食物を運ぶ男衆が絡繹としていたのを、学校の往復りに見たものであった。延若だの団十郎だの蝦十郎だの・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ いきななりをした男衆が幕を引いて行く時の気持、提灯のならんだ緋の棧敷に白い顔のお酌も見られますよ。 どんなに芝居特有の気持がみなぎって居るか――貴方なんかにわかるもんですか。 私みたいに珊瑚の粉や瑪瑙のまぼしい様な色をお友達に・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫