・・・如何云ってよいか――つまり、せめて金でも沢山あったらまだしもだが、あれっぽっちで妙な性格の暗さを曝露して仕舞ったこということが、変に痛ましいのであった。愛は、段々金入れをああいう処にうっちゃって置いた自分を悔む度が増した。「――どう・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・トルストイが、彼の全精力の卓抜さ、逞しさを傾けて最後に到達した痛ましい無抵抗主義の教義の中には、実に、社会的崩壊の作用に対して何の科学的な客観的な洞察をすることの出来なかった彼の階級の良心と、「数百万の農民の抗議及び彼等の絶望」が反映してい・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ 二十五、三度目、見知らない男 そんな事がいかにも痛ましい事の様に思えた。 又いじめられたら…… 不安がってオドオドして居る様子を見ると死ぬまで自分のそばに置いた方があの女にとっては幸福かもしれないとなんか思・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ でもそう云う事のあるのは何とない痛ましい事ですねえ。 頭もなく形もととのわず才もない様に育った女が自立しようとすれば一番雑作ないのは女中ですからねえ、やっぱり」「そうなんですよ。 例えば何か悪い事をしましょう、 頭の足・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・を守る武家の痛ましい封建的な経済事情によるものであることを鋭く描き出した。婦人は「家」に属し、その利害に応じて一生を費し、「家」のために貞操を強要された。「家」の所属品として、きずのないことを求められつづけた。しかも、封建の女の生涯に「家」・・・ 宮本百合子 「貞操について」
・・・いまの文学のゆがみそのものを、その一文の中でアクロバット風に表現しているにすぎないことを痛ましいと思う。一人の作家伊藤整がいたましいというような高飛車な感想ではなく、日本よ! こういうもの云いのある一九五〇年の日本よ。小説を書くかかないにか・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・ 何と云う痛ましい事かと思うと、彼の人の大まかな、おっとりした物ごしが一々目に見えて来る。 根気が強くて、どんな細かしい事でもコツコツとやって居た。 何だか生え際の薄い様な人であったがなどとも思われる。 低いどっちかと云えば・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・ やがて父上が帰宅され、下でAと話し、二階に来られ、何とも痛ましい顔をして「ああ困ったことだ。家庭の平和をすっかり攪乱する」と、大きい暖い頭を振られる。 自分は、悲しみで爆発してしまいたい心持がした。私は皆が可愛いのだ。皆に・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・その喧嘩が厭わしく痛ましければ痛ましい程喜びに酔ったように見える彼等。船の機関の何処かが破裂して甲板が水蒸気で濛々となったりした時、実際の危険はなくても、その予感でもう怯え、戸惑い、喚き立てる船客等の恐怖心のつよさ。しかも、喧嘩も、恐慌もな・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・より深い痛ましい今日の問題は、書かれないところで生きて解決をもとめている。そのことを痛切に感じる。 三 今回は、二十五篇の中から五篇をえらび出すことになった。わたしは「未だ亡びざる人々」、「尼になる日」、「・・・ 宮本百合子 「「未亡人の手記」選後評」
出典:青空文庫