・・・あまつさえ、目に爽かな、敷波の松、白妙の渚どころか、一毛の青いものさえない。……草も木も影もない。まだ、それでも、一階、二階、はッはッ肩で息ながら上るうちには、芝居の桟敷裏を折曲げて、縦に突立てたように――芸妓の温習にして見れば、――客の中・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 俯向いて、我と我が口にその乳首を含むと、ぎんと白妙の生命を絞った。ことこと、ひちゃひちゃ、骨なし子の血を吸う音が、舞台から響いた。が、子の口と、母の胸は、見る見る紅玉の柘榴がこぼれた。 颯と色が薄く澄むと――横に倒れよう――とする・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・玉なめらかに、きめ細かに、白妙なる、乳首の深秘は、幽に雪間の菫を装い、牡丹冷やかにくずれたのは、その腹帯の結びめを、伏目に一目、きりきりと解きかけつつ、「畜生……」 と云った、女の声とともに、谺が冴えて、銃が響いた。 小県は草に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 娘の色の白妙に、折敷の餅は渋ながら、五ツ、茶の花のように咲いた。が、私はやっぱり腹が痛んだ。 勘定の時に、それを言って断った。――「うまくないもののように、皆残して済みません。」ああ、娘は、茶碗を白湯に汲みかえて、熊の胆をくれたの・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・廓へ近き畦道も、右か左か白妙に、この間に早瀬主税、お蔦とともに仮色使と行逢いつつ、登場。往来のなきを幸に、人目を忍び彳みて、仮色使の退場する時、早瀬お蔦と立留る。お蔦 貴方……貴方。・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
出典:青空文庫