・・・ おかしな思出はそれぐらいで、白河近くなるにつれて、東京から来がけには、同じ処で夜がふけて、やっぱりざんざ降だった、雨の停車場の出はずれに、薄ぼやけた、うどんの行燈。雨脚も白く、真盛りの卯の花が波を打って、すぐの田畝があたかも湖のように・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・関は、なこそ、白川。古典ではないが、着物の名称など。黄八丈、蚊がすり、藍みじん、麻の葉、鳴海しぼり。かつて実物を見たことがなくても、それでも、模様が、ありありと眼に浮ぶから不思議である。これをこそ、伝統のちからというのであろう。 す・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・どんな列車でもいいから、少しでも北へ行く列車に乗ろうと考えて、翌朝五時十分、白河行きの汽車に乗った。十時半、白河着。そこで降りて、二時間プラットホームで待って、午後一時半、さらに少し北の小牛田行きの汽車に乗った。窓から乗った。途中、郡山駅爆・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・翌朝とにかく上野駅から一番早く出る汽車、それはどこへ行く汽車だってかまわない、北のほうへ五里でも六里でも行く汽車があったら、それに乗ろうという事になって、上野駅発一番列車、夜明けの五時十分発の白河行きに乗り込みました。白河には、すぐ着きまし・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・ 高等学校時代には熊本の白川の川原で東京大相撲を見た。常陸山、梅ヶ谷、大砲などもいたような気がする。同郷の学生たち一同とともに同郷の力士国見山のためにひそかに力こぶを入れて見物したものである。ひいきということがあって始めて相撲見物の興味・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ 初めて尋ねた先生の家は白川の河畔で、藤崎神社の近くの閑静な町であった。「点をもらいに」来る生徒には断然玄関払いを食わせる先生もあったが、夏目先生は平気で快く会ってくれた。そうして委細の泣き言の陳述を黙って聞いてくれたが、もちろん点をく・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・角文字のいざ月もよし牛祭又嘘を月夜に釜の時雨哉葛の葉のうらみ顔なる細雨かな頭巾著て声こもりくの初瀬法師 晋子三十三回忌辰擂盆のみそみめぐりや寺の霜 または 題白川黒谷の隣は白し蕎麦の花の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・はずっと後代の物語であり、一方は武士社会のことであり、これは姓も持たない白河楽翁時代の江戸の一窮民の運命である。鴎外が、当時の江戸の庶民生活のありようの一典型として喜助のめぐり会わせを追究していないとこも、一方には注目される。作者を動かした・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・ 阿部一族の死骸は井出の口に引き出して、吟味せられた。白川で一人一人の創を洗ってみたとき、柄本又七郎の槍に胸板をつき抜かれた弥五兵衛の創は、誰の受けた創よりも立派であったので、又七郎はいよいよ面目を施した。大正二年一月・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・たぶん江戸で白河楽翁侯が政柄を執っていた寛政のころででもあっただろう。智恩院の桜が入相の鐘に散る春の夕べに、これまで類のない、珍しい罪人が高瀬舟に載せられた。 それは名を喜助と言って、三十歳ばかりになる、住所不定の男である。もとより牢屋・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
出典:青空文庫