・・・ 通訳が腹巻を受けとる時、その白木綿に体温のあるのが、何だか不潔に感じられた。腹巻の中には三寸ばかりの、太い針がはいっていた。旅団参謀は窓明りに、何度もその針を検べて見た。が、それも平たい頭に、梅花の模様がついているほか、何も変った所は・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・中幅の白木綿を薬屋のように、フロックの上からかけた人がいると思ったら、それは宮崎虎之助氏だった。 始めは、時刻が時刻だから、それに前日の新聞に葬儀の時間がまちがって出たから、会葬者は存外少かろうと思ったが、実際はそれと全く反対だった。ぐ・・・ 芥川竜之介 「葬儀記」
・・・新しい白木綿で縫った、かなり大きい袋だった。それが、垢や汗にしみて黒く臭くなっていた。彼は、それを開けて、新しい袋を入れかえようと思った。彼は、袋を鋏で切り開けた。お守りが沢山慾張って入れてある。金刀比羅宮、男山八幡宮、天照皇大神宮、不動明・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・麓の家で方々に白木綿を織るのが轡虫が鳴くように聞える。廊下には草花の床が女帯ほどの幅で長く続いている。二三種の花が咲いている。水仙の一と株に花床が尽きて、低い階段を拾うと、そこが六畳の中二階である。自分が記念に置いて往った摺絵が、そのままに・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・男は編笠を冠り白木綿の羽織のようなものを着ている。女は白頭巾に白の上っ被りという姿である。遺骨の箱は小さな輿にのせて二人でさげて行くのである。近頃の東京の葬礼自動車ほど悪趣味なものも少ないと思う。そうして、葬儀場は時として高官の人が盛装の胸・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・ 麹町の三丁目で、ぶら提灯と大きな白木綿の風呂敷包を持ち、ねんねこ半纏で赤児を負った四十ばかりの醜い女房と、ベエスボオルの道具を携えた少年が二人乗った。少年が夢中で昨日済んだ学期試験の成績を話し出す。突然けたたましく泣き出す赤児の声に婆・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・紺絣に白木綿の兵児帯をぐるぐる巻きにした小僧、笊をもってこぼれる銭をあつめる。畳の上へ賽銭箱をバタン、こっちへバタンと引っくりかえすが出た銅貨はほんのぽっちり。今度は正面の大賽銭箱。すのこのように床にとりつけてある一方が鍵で開くらしい。年よ・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・金ピカの棧敷や、赤ビロードで張った座席には、冷たい水で顔を洗い、さっぱり洗濯した白木綿のブラウズをきた女が、音楽をききながら、いい香のロシア・リンゴを前歯でかいては、たべている。 昔からのブルジョア文化を、プロレタリアートの利用のために・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 麗らかな日光にキラキラ光る白木綿を見ると、幸雄は一層猛り立った。「どけ! 放せ! 放せ!」 三人の男が扱いかねた。一人が腰を捉まえた拍子に、ビリビリ音がして単衣羽織が綻びた。必死で片腕にぶら下っている手塚が殺気立って息を切らし・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫