・・・小説を読んだり白馬会を見に行ったりまた音楽会を聞きに行ったりしているうちには求めている物に近づいたような気がする事もあったが、つい眼の前の物に手の届かぬような悶かしい感じが残るばかりである。こんな事を話すと黒田はいつも快く笑って「青春の贅沢・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
・・・ただ錯雑した混乱のあらしの中に、時々瞬間的に映出される白馬のたてがみを炎のように振り乱した顔の大写しは「怒り」の象徴としてかなりに強い効果をもっていたようである。「西部戦線異状なし」は、今日の映画としては、別にこれといって頭に残るほどの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これを見ると白馬会時代からの洋画界のおさらえができるような気がする。ただこの人の昔の絵と今の絵との間にある大きな谷にどういう橋がかかっているかが私にはわからない。 新しい人にもおもしろい絵があったが人と画題を忘却した。なんと言っても私に・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・ 明るく鮮やかであった白馬会時代を回想してみると、近年の洋画界の一面に妙に陰惨などす黒いしかもその中に一種の美しさをもったものの影が拡がって来るのを覚えるのは私ばかりではあるまい。古いドイツやスペインあたりを思わせるような空気が、最も新・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・大きく煙の立つたいまつをもった男二人、二十人ほどの武士のあとから飾りたてた白馬に乗った法王が現る。真白い外套が長く流れてひげも眉も白い。頸から金の十字架がかかってまぼしい様にチラチラと光る。厚い髪を左右にピッタリとかきつけて心持下を・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・それはほかでもない、春の朗かな或る朝、人々が朝の挨拶を交しながら元気よく表の戸や窓を開けていると、遙か向うの山の城の方から、白馬に騎り、緋の旗を翻した一隊の人々が町に入って来、家もあろうに、一本針の婆さんの処へ止ったというのです。 頭に・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・まだ余りよごれていない、病人の白地の浴衣が真白に、西洋の古い戦争の油画で、よく真中にかいてある白馬のように、目を刺激するばかりで、周囲の人物も皆褐色である。「お医者様が来ておくんなされた」 と誰やらが云ったばかりで、起って出迎えよう・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・吾人は豪快なる英雄信玄を愛し謙信を好む。白馬の連嶺は謙信の胸に雄荘を養い八つが岳、富士の霊容は信玄の胸に深厳を悟らす。この武士道の美しい花は物質を越えて輝く。しかれども豪壮を酒飲と乱舞に衒い正義を偏狭と腕力との間に生むに至っては吾人はこれを・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫