・・・あの力が盲目力でなくなる時が来れば、それこそ江口がほんとうの江口になり切った時だ。 江口は過去に於て屡弁難攻撃の筆を弄した。その為に善くも悪くも、いろいろな誤解を受けているらしい。江口を快男児にするも善い誤解の一つだ。悪い誤解の一つは江・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・それから子供は男女を問わず、両親の意志や感情通りに、一日のうちに何回でも聾と唖と腰ぬけと盲目とになることが出来るのである。それから甲の友人は乙の友人よりも貧乏にならず、同時に又乙の友人は甲の友人よりも金持ちにならず、互いに相手を褒め合うこと・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかしそれは堅く閉じられて盲目のようだった。真暗な闇の間を、颶風のような空気の抵抗を感じながら、彼女は落ち放題に落ちて行った。「地獄に落ちて行くのだ」胆を裂くような心咎めが突然クララを襲った。それは本統はクララが始めから考えていた事なのだ。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・苫家、伏家に灯の影も漏れない夜はさこそ、朝々の煙も細くかの柳を手向けられた墓のごとき屋根の下には、子なき親、夫なき妻、乳のない嬰児、盲目の媼、継母、寄合身上で女ばかりで暮すなど、哀に果敢ない老若男女が、見る夢も覚めた思いも、大方この日が照る・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・猿芝居、大蛇、熊、盲目の墨塗――――西洋手品など一廓に、どくだみの花を咲かせた――表通りへ目に立って、蜘蛛男の見世物があった事を思出す。 額の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人の二倍、やがて一尺、飯櫃形の天窓に・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・うことはない、極めて細微の事柄にも趣味の刺激を受くるのであるから、内心当に活動して居る、漫然昼寝するなどということは、茶趣味の人に断じてないのである、茶の湯を単に静閑なる趣味と思うなどは、殆ど茶趣味に盲目なる人のことである、されば茶人には閑・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・恋は盲目だという諺もあるが、お繁さんに於ける予に恋の意味はない筈なれども、幾分盲目的のところがあったものか、とにかく学生時代の友人をいつまで旧友と信じて、漫に訪問するなどは警戒すべきであろう。聞けば渋川も一寸の事ではあるが大いに不快であった・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・と、盲目の星は、きき返しました。「そうです、汽車が、通っています。町からさびしい野原へ、野原から山の間を、休まずに通っています。その中に乗っている乗客は、たいてい遠いところへ旅をする人々でした。この人たちは、みんな疲れて居眠りをしていま・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・また、通りがかりに、この有り様を見た人の中には、拾ってやって、相手が盲目だから、かえって疑われるようなことがあってはつまらないと思ったり、また、中には、自分で後からきて銭を拾ってやろうと、よくない考えを抱いたような小僧などもありました。・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・されど盲人なる彼れの盲目ならずとも自分を見知るべくもあらず、しばらく自分の方を向いていたが、やがてまた吹き初めた。指端を弄して低き音の縷のごときを引くことしばし、突然中止して船端より下りた。自分はいきなり、「あんまさん、私の宅に来て、少・・・ 国木田独歩 「女難」
出典:青空文庫