・・・張ったばかりの天井にふんの砂子を散らしたり、馬の眼瞼をなめただらして盲目にする厄介ものとも見られていた。近代になって、これが各種の伝染病菌の運搬者、播布者として、その悪名を宣伝されるようになり、その結果がいわゆる「蠅取りデー」の出現を見るに・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・ カラクリの爺は眼のくさった元気のない男で、盲目の歌うような物悲しい声で、「本郷駒込吉祥寺八百屋のお七はお小姓の吉三に惚れて……。」と節をつけて歌いながら、カラクリの絵板につけた綱を引張っていたが、辻講釈の方は歯こそ抜けておれ眼付のこわ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・阿呆陀羅経のとなりには塵埃で灰色になった頭髪をぼうぼう生した盲目の男が、三味線を抱えて小さく身をかがめながら蹲踞んでいた。阿呆陀羅経を聞き飽きた参詣戻りの人たちが三人四人立止る砂利の上の足音を聞分けて、盲目の男は懐中に入れた樫のばちを取り出・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・瞽女といえば大抵盲目である。手引といって一人位は目明きも交る。彼らは手引を先に立てて村から村へ田甫を越える。げた裾から赤いゆもじを垂れてみんな高足駄を穿いて居る。足袋は有繋に白い。荷物が図抜けて大きい時は一口に瞽女の荷物のようだといわれて居・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・恋を描くにローマン主義の場合では途中で、単に顔を合せたばかりで直ぐに恋情が成立ち、このために盲目になったり、跛足になったりして、煩悶懊悩するというようなことになる。しかしこんな事実は、実際あり得ない事である。其処が感激派の小説で、或情緒を誇・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・彼は閂を両手に握って、盲目滅法に振り廻した。そいつが支那人の身体に当り、頭や腕をヘシ折るのだった。「それ、あなた。すこし、乱暴あるネ。」 と叫びながら、可憫そうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水のように侵入して来た・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・私の感情は、彼より単純で、粗朴で、同時に盲目な生命の力に支配されずに居ない強烈さを持って居る。従って、彼より憎らしい女になる時がある代り、その強さが素直に出た時、私が辛じて、天に達する階子のありかを知ることの出来る足場となるのだ。」「或・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・自分の会得せぬものに対する、盲目の尊敬とでも言おうか。そこで坊主と聞いて逢おうと言ったのである。 まもなくはいって来たのは、一人の背の高い僧であった。垢つき弊れた法衣を着て、長く伸びた髪を、眉の上で切っている。目にかぶさってうるさくなる・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・すると、戸口へ盲目の見馴れぬ汚い老婆がひとり素足で立っていた。彼女は手にタワシを下げてしきりに彼に頭を下げながら哀願した。「私は七十にもなりまして、連れ合いも七十で死んで了いまして、息子も一人居りましたが死んで了いました。乞食をしますと・・・ 横光利一 「街の底」
・・・むしろ彼らは貪欲と肉欲とのゆえに、自然と人生との限りなき価値に対して盲目なのである。彼らが一つの古雅な壺を見る。その形と色と触感との不思議な美しさは彼らには無関係である。彼らはただその壺の値段を見る。その壺で儲けたある骨董屋の事を考える。同・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫