・・・ 裁判官のペップは相変わらず、新しい巻煙草に火をつけながら、資本家のゲエルに返事をしていました。すると僕らを驚かせたのは音楽家のクラバックのおお声です。クラバックは詩稿を握ったまま、だれにともなしに呼びかけました。「しめた! すばら・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 省作は相変わらず笑って、右とも左とも言わない。満蔵はお祖母さんが餅に賛成だという。姉はお祖母さんは稲を刈らない人だから、裁決の数にゃ入れられないという。各受け持ちの仕事は少しも手をゆるめないで働きながらの話に笑い興じて、にぎやかなうち・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・妻は相変わらず亡き人の足のあたりへ顔を添えてうつぶしている。そうしてまたしばしば起きてはわが子の顔を見まもるのであった。お通夜の人々は自分の仕振りに困じ果ててか、慰めの言葉もいわず、いささか離れた話を話し合うてる。夜は二時となり、三時となり・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・その人影に私の口笛は何の効果もなかったのです。相変わらず、進んだり、退いたり、立ち留ったり、の動作を続けているのです。近寄ってゆく私の足音にも気がつかないようでした。ふと私はビクッとしました。あの人は影を踏んでいる。もし落し物なら影を背にし・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・』『この二、三日見えないようであったね。』『相変わらず忙しいもんですから。』『マアお上がんなさいな、今日はどちらへ。』お神さんは幸吉の衣装に目をつけて言った。『神田の叔父の処へちょっと行って来ました、先生今晩お宅でしょうか。・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・また中には酔ってしゃべりくたぶれて舷側にもたれながらうつらうつらと眠っている者もある。相変わらず元気のいいのが今井の叔父さんで、『君の鉄砲なら一つで外れたらすぐ後の一つで打つことができるが僕のはそう行かないから困る、なアに、中るやつなら一発・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・と、腰をおろしながら、「相変わらずで面目次第もないわけです。」とごま白の乱髪に骨太の指を熊手形にさしこんで手荒くかいた。 石井翁は綿服ながら小ザッパリした衣装に引きかえて、この老人河田翁は柳原仕込みの荒いスコッチの古洋服を着て、パク・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ 子供の好きなお初は相変わらず近所の家から金之助さんを抱いて来た。頑是ない子供は、以前にもまさる可愛げな表情を見せて、袖子の肩にすがったり、その後を追ったりした。「ちゃあちゃん。」 親しげに呼ぶ金之助さんの声に変わりはなかった。・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・次郎も兄の農家を助けながら描いたという幾枚かの習作の油絵を提げて出て来たが、元気も相変わらずだ。亡くなった本郷の甥とは同い年齢にも当たるし、それに幼い時分の遊び友だちでもあったので、その告別式には次郎が出かけて行くことになった。「若くて・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・玉のほうは相変わらずきわめて冷淡な伯父さんで、めんどうくさがってすぐにどこかへ逃げて行ってしまった。 四匹の子猫に対する四人の子供の感情にもやはりいろいろの差別があった。これはどうする事もできない自然の理法であろう。愛憎はよくないと言っ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫