・・・しかしおぎんの母親は、前にもちょいと書いた通り、そう云う真実を知るはずはない。彼等は息を引きとった後も、釈迦の教を信じている。寂しい墓原の松のかげに、末は「いんへるの」に堕ちるのも知らず、はかない極楽を夢見ている。 しかしおぎんは幸いに・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・俺たちは真実の世界に立脚して、根強い作品を創り出さなければならないんだ。だから……俺は残念ながら腹がからっぽで、頭まで少し変になったようだ。とも子 生蕃さんはふだんあんまり大食いをするから、こんな時に困るんだわ。……それにしてもどうして・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・』『君の法螺にさ』『法螺じゃない、真実の事だ。少くとも夢の中の事実だ。それで君、ニコライの会堂の屋根を冠った俳優が、何十億の看客を導いて花道から案内して行くんだ』『花道から看客を案内するのか?』『そうだ。其処が地球と違ってる・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・身ぶり素ぶりに出さないのが、ほんとの我が身体で、口へ出して言えないのが、真実の心ですわ。ただ恥かしいのが恋ですよ。――ですがもうその時分から、ヒステリーではないのかしら、少し気が変だと言われました。……貴方、お察し下さいまし。……私は全く気・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・総ての公平な判断や真実の批評は常に民族的因襲や国民的偏見に累わされない外国人から聞かされる。就中、芸術の真価が外国人の批評で確定される場合の多いは啻に日本の錦絵ばかりではないのだ。 二十年前までは椿岳の旧廬たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 例えば海の水を描くとか、或は真夏の山を描くとか、又は森の深緑に光線の直射しているところを描くとか、それ等は真実動いているように見える。けれども、それに依って刹那の前後の気持は現われても、それ以上時間的に現わすと云うことは、どうも絵画の・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・嘘をつく快楽が同時に真実への愛であることを、彼は大いに自得すべきである。由来、酒を飲む日本の小説家がこの間の事情にうといことが、日本の小説を貧困にさせているのかも知れない。 日本の文壇というものは、一刀三拝式の心境小説的私小説の発達に数・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・モグラモチのように蠢きながらも生きて行かねばならぬ、罪業の重さに打わなきながらも明るみを求めて自棄してはならぬ――こういった彼の心持の真実は自分にもよくわかる気がする。といって自分のあの作が、それだけの感動に値いするものだとはけっして考えは・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・しろ半分にでも手真似で話してくれる人があり、鼻のつぶれた声でもその話を聞いてくれる人があってこそ、そのお婆さんも何の気兼もなしに近所仲間の仲間入りができるので、それが飾りもなにもないこうした町の生活の真実なんだということはいろいろなことを知・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・これからは私アもう、父様のおっしゃったことを真実にしないからようござんす。一体父様は私をそんなに可愛がって下さらないわ。それだからこの間家にいた時も、私を出し抜いてお芝居へいらしったんだわ。私は大変に恨むからいい。 はて恐いな。お前に恨・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫