・・・自分たち若いものの活溌な真情にとって、人間評価のよりどころとは思えないような外面的なまたは形式上のことを、小心な善良な年長者たちはとやかく云う。けれどもねえ、そればかりじゃあないわねえ、その心だと思う。 ところが、いざ自分のその心の面に・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 一幕目で、朋輩の饒舌に仲間入りもせず、裏からお絹の舞台を一心に見ているところ、お絹が病気になってから、芝居の端にも、心は病床の主人にひかれている素振りが見え、真情に迫った。 ただ、一幕目で、お絹が舞台で倒れて担がれて来た時、無目的・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ごく曲線的な薄田の演技は、本間教子のどちらかというと直線的なしかも十分ふくらみのあるつよい芸と調和して生かされているので、友代が、あれだけの真情を流露させる力をもたなかったら、おそらくあの芝居全体が、ひどくこしらえもののようにあらわれ、久作・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
・・・という一九三六年の声明に絶えずうなされながら猶且つ一般の国民の祖国を愛する真情に対しては第五列の意味をもっているケリリスの活動やドーデの活躍に余地を与えなければならなかった原因は、フランス経済・政治のどんな紛乱からであったかという事実までを・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ 例えば青野氏が真情をこめて「小説というものは、作家の誠実な生命と結びついたもので、その意味では容易に生み出されるものでなく」と云われる場合、モチーフの健全で真正直な理解なしに、作家はどこから自分の作品への血脈を見出して来ることが出来よ・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・という自分の精神に従って「何らの表裏も手加減もなく真情を傾けてソヴェトを語り」そのことによってソヴェトにより多く貢献し、更に「ソヴェトよりもっと重大な」人類の運命と文化とのために貢献しようと決心したように見えるのである。 序言で、ジイド・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・の詩に女の真情的なもので同じ現象が見られていると思う。女にはしかしその時期の間に少くとも年輪は一個ふえた事実が感じられているのは意味ふかいことである。 すべての詩を愛す女のひとたち、あらゆる文学の仕事を愛しそ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・文学に健全さが求められているならば、先ず文学そのものの存在が平明にその自然さで真情的な位置におかれて扱われなくてはならないのではないだろうか。このことは旧い用語での芸術至上の考えかたとは別である。 文学について、じっくりと生活に根ざし、・・・ 宮本百合子 「実感への求め」
・・・しかもそれは悪と呼ばれるゆえに一層味わいが深い。真情、誠実、生の貴さ、緊張した意志、運命の愛、――これらは彼らが唾棄して惜しまない所である。個性が何だ、自己が何だ、永遠の生が何だ、それらはふくよかな女の乳房一つにも価しない。乾物のような思想・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・悲しんだとて還っては来ないのだから、あきらめよ、忘れよといわれるが、しかし忘れ去るような不人情なことはしたくないというのが親の真情である。悲しみは苦痛であるに相違ないが、しかし親はこの苦痛を去ることを欲しない。折にふれて思い出しては悲しむの・・・ 和辻哲郎 「初めて西田幾多郎の名を聞いたころ」
出典:青空文庫