・・・ こうした涙ぐましい、謙譲にして真摯の芸術こそ、今日のような虚偽と冷酷と圧迫と犠牲とを何とも思っていない時代によって、まさしく正しい人々の胸に革新の火を燃やさずには措かないのである。トルストイの芸術がやはりそれだと思うのであります。・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・孤行高しとすることこそ、芸術家の面目でなければならぬ、衆俗に妥協し、資本力の前に膝を屈した徒の如きは、表面いかに、真摯を装うことありとも、冷徹たる批評眼の前に、真相を曝らし、虚飾を剥がれずには置かれぬだろう。 一時の世評によって、其等の・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・それ故に倫理学の研究は単に必要であるというだけでなく、真摯な人間である以上、境遇が許す限りは研究せずにはいられないはずの学問なのである。 五 根本問題の所在 この小さな紙幅に倫理学の根本問題を羅列することは不可能であ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ かようにして私は真摯な熱情をもって、学びの道にある青年の、しかも理想主義の線にそっての恋愛について説きたいのである。すでに女を知ってしまった中年のリアリストの恋愛など学生は軽蔑してあわれんでおればいい。それは多くは醜悪なものであり、最・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・またそれとともに、職能というものは真摯にラディカルに従事して行けば、必ず人生哲学的な根本問題に接触してくるものである。医者は生と、精神の課題に、弁護士は倫理と社会制度の問題に、軍人は民族と国際協同の問題に接触せずにはおられない。その最も適切・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・虚偽を去り矯飾を忘れて、痛切に自家の現状を見よ、見て而してこれを真摯に告白せよ。この以上適当な題言は今の世にないのでないか。この意味で今は懺悔の時代である。あるいは人間は永久にわたって懺悔の時代以上に超越するを得ないものかも知れぬ。 以・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・手管というのは、たとえばこんな工合いの術のことであって、ひとりの作家の真摯な精進の対象である。私もまた、そのような手管はいやでなく、この赤児の思い出話にひとつ巧みな手管を用いようと企てたのである。 ここらで私は、私の態度をはっきりきめて・・・ 太宰治 「玩具」
・・・Y子 そのささやきには真摯の響きがこもっていた。たった二度だけ。その余は、私を困らせた。「私、なんだか、ばかなことを言っちゃったようね。」「私にだって個性があるわよ。でも、あんなに言われたら黙っているよりほかに仕様が・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しかし彼らの死を思うたびに真摯な学者の煩悶という事を考えない事はない。 学説を学ぶものにとってもそれの完全の程度を批判し不完全な点を認識するは、その学説を理解するためにまさに努むべき必要条件の一つである。 しかしここに誤解してならな・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・学術部長のウィーゼ博士は物静かで真摯ないかにも北欧人らしい好紳士で流暢なドイツ語を話した。この人からいろいろ学術上の仕事の話を聞いた後に「日光は見たか」と聞いたら「否」、「芝居は」と聞いたら「否」と答えたきりで黙ってしまった。海流の研究の結・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
出典:青空文庫