・・・そして今や現実の世界を遠く脚下に征服して、おもむろに宇宙人生の大理法、恒久不変の真理を冥想することのできる新生活が始ったのだと、思わないわけに行かないのであった。 彼は慣れぬ腰つきのふらふらする恰好を細君に笑われながら、肩の痛い担ぎ竿で・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ヒルデブラントの道徳的価値盲の説のように、人間の傲慢、懶惰、偏執、欲情、麻痺、自敬の欠乏等によって真の道徳的真理を見る目が覆われているからだ。倫理学はこの道徳盲を克服して、あらゆる人と時と処とにおいて不易なる道徳的真理そのもの、ジットリヒカ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・実際的とか、有益とかいう観念からして、もはや厳しい真理から逸れたものだからだ。 恋愛を一種の熱病と見て、解熱剤を用意して臨むことを教え、もしくは造化の神のいたずらと見てユーモラスに取り扱うという態度も、私の素質には不釣り合いのことであろ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・チト宇宙の真理を見ればよいのサ。政事家は政事家で、自己の議論を実行して世界を画一のものにしようなんという馬鹿気ているのが有るし。文人は文人で自己流の文章を尺度にしてキチンと文体を定めたがッたり、実に馬鹿馬鹿しい想像をもッているのが多いから情・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・蜂はコップの中へ押し入れられた。それを見た生徒等は意味もなく笑った。「死んだ、死んだ」と言うものもあれば、「弱い奴」と言うものも有った。蜂は真理を証するかのように、コップの中でグルグル廻って、身を悶えて、死んだ。「最早マイりましたかネ」・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・道理だと思う部分も、結局は半面の道理たるに過ぎないから、矛盾した他の半面も同じように真理だと思う。こういう次第で心内には一も確固不動の根柢が生じない。不平もある、反抗もある、冷笑もある、疑惑もある、絶望もある。それでなお思いきってこれを蹂躙・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・一方的観察を固持して、死ぬるとも疑わぬ。真理追及の学徒ではなしに、つねに、達観したる師匠である。かならず、お説教をする。最も写実的なる作家西鶴でさえ、かれの物語のあとさきに、安易の人生観を織り込むことを忘れない。野間清治氏の文章も、この伝統・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・と越後は、一座の長老らしく落ちつき払った態度で言い、「自由思想の内容は、その時、その時で全く違うものだと言っていいだろう。真理を追究して闘った天才たちは、ことごとく自由思想家だと言える。わしなんかは、自由思想の本家本元は、キリストだとさえ考・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・言わばニュートンは真理の殿堂の第一の扉を開いただけで逝いてしまった。彼の被案内者は第一室の壮麗に酔わされてその奥に第二室のある事を考えるものはまれであった。つい、近ごろにアインシュタインが突然第二の扉を蹴開いてそこに玲瓏たる幾何学的宇宙の宮・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・古人はいうた、いかなる真理にも停滞するな、停滞すれば墓となると。人生は解脱の連続である。いかに愛着するところのものでも脱ぎ棄てねばならぬ時がある、それは形式残って生命去った時である。「死にし者は死にし者に葬らせ」墓は常に後にしなければならぬ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫