・・・ 風の一息死ぬ、真空の一瞬時には、町も、屋根も、軒下の流も、その屋根を圧して果しなく十重二十重に高く聳ち、遥に連る雪の山脈も、旅籠の炬燵も、釜も、釜の下なる火も、果は虎杖の家、お米さんの薄色の袖、紫陽花、紫の花も……お米さんの素足さえ、・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・が、砂浜に鳥居を立てたようで、拝殿の裏崕には鬱々たるその公園の森を負いながら、広前は一面、真空なる太陽に、礫の影一つなく、ただ白紙を敷詰めた光景なのが、日射に、やや黄んで、渺として、どこから散ったか、百日紅の二三点。 ……覗くと、静まり・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・―― 清水の真空の高い丘に、鐘楼を営んだのは、寺号は別にあろう、皆梅鉢寺と覚えている。石段を攀じた境内の桜のもと、分けて鐘楼の礎のあたりには、高山植物として、こうした町近くにはほとんどみだされないと称うる処の、梅鉢草が不思議に咲く。と言・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・闘争の対象の無い自由思想は、まるでそれこそ真空管の中ではばたいている鳩のようなもので、全く飛翔が出来ません。」「似たような名前の男がいるじゃないか。」と越後獅子はスリッパを縫う手を休めて言った。「あ、」と固パンは頭のうしろを掻き、「・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・スランプトハ、コノ様ナ、パッション消エタル白日ノ下ノ倦怠、真空管ノ中ノ重サ失ッタ羽毛、ナカナカ、ヤリキレヌモノデアル。時々刻々ノワガ姿、笑ッタ、怒ッタ、マノワルキカッカッ燃ユル頬、トウモロコシムシャムシャ、ヒトリ伏シテメソメソ泣イテイル、ス・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 魔術師でない限り、何もない真空からたとえ一片の浅草紙でも創造する事は出来そうに思われない。しかし紙の材料をもっと精選し、もっとよくこなし、もういっそうよく洗濯して、純白な平滑な、光沢があって堅実な紙に仕上げる事は出来るはずである。マッ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・科学者がある物質を強い電場や磁場に置いてみたり、ある昆虫を真空や高圧の中にいれてみたりする。それと同じような意味での実験をした、その実験の結果の報告がこの映画であるというふうにも見られる。あるいは、もう少し厳密にいえば、かりにそういう実験を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・この場合には土器を漏れる水の代りにフィルムを巻いた回転円筒が使われ、棒に刻んだ線を人間が眼で見て烽火を挙げる代りに真空光電管の眼で見た相図を電流で送るのである。 自働電話の送信器の数字盤が廻るときのカチカチ鳴る音と自働連続機のピカピカと・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・近頃檳榔子の炭を使って極寒まで冷した空気を吸わせ真空を作る事も発明された。また炭は溶液の中にある有機性の色素を吸収する性質がある、殊に獣炭あるいは骨炭がこれに適しているので砂糖の色を抜く事などに使われる。コークスは石炭を蒸焼にした炭だ、火力・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・北海道大学の伊藤直君の研究にかかる低度真空中の放電による放射形縞についても同様の事が言われる。自分はかつて、例の液の熱対流による柱状渦の一例として、放射形の縞模様を作ることができた。また床上に流した石油に点火するときその炎の前面が花形に進行・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
出典:青空文庫