・・・その脳力も眼力も腕力も尋常一様の人ではない。利休以外にも英俊は存在したが、少は差があっても、皆大体においては利休と相呼応し相追随した人であって、利休は衆星の中に月の如く輝き、群魚を率いる先頭魚となって悠然としていたのである。秀吉が利休を寵用・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・この鑑賞の仕方は、頭のよさであり、鋭さである。眼力、紙背を貫くというのだから、たいへんである。いい気なものである。鋭さとか、青白さとか、どんなに甘い通俗的な概念であるか、知らなければならぬ。 可哀そうなのは、作家である。うっかり高笑いも・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・弱点を見破る眼力はニーチェと同じ程度かもしれない。しかしニーチェを評してギラギラしていると云った彼はこれらの弱点に対してかなり気の永い寛容を示している。迫害者に対しては常に受動的であり、教えを乞う者にはどんな馬鹿な質問にでも真面目に親切に答・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・名もなき鬼に襲われて、名なき故に鬼にあらずと、強いて思いたるに突然正体を見付けて今更眼力の違わぬを口惜しく思う時の感じと異なる事もあるまい。ウィリアムは真青になった。隣りに坐したシワルドが病気かと問う。否と答えて盃を唇につける。充たざる酒の・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 今の政談家は今日世間に専制の流行するを察し、その原因を今日に求めて今日にこれを救わんと欲するが如くなれども、けだしその眼力よく外に達してかえって内を見ざるものというべし。人間社会は家内の集まりたるものなり、その悪事の元素は早く家内にあ・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ 将来日本の文学に、ルポルタージュが増大して来るであろうということは、とりも直さず、動いてやまぬ社会は作家に益々より客観的に現実を観得る眼力を要求しはじめていることを語っている。例えばアンドレ・ジイドの「ソヴェト旅行記」は、この作家が彼・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・あなたの眼力には恐れいったと叩頭するとき、人は、嘘もからくりも見とおしだ、という事実を承認したわけになる。 プロレタリア文学の理論は、いくつかの点で、文学とその文学の発生する基盤としての社会とのさまざまの関係を明らかにした。社会科学の到・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・われわれは、丈夫な頸骨と眼力とをもって、すべての古典作家から滋養をとろうとするのである。が、そのやりかたは、古典作家、たとえばドストイェフスキーなどが癲癇という独特な病気をもちながら、彼の生きた時代のロシアの歴史の制約性と、自身の限界性によ・・・ 宮本百合子 「新年号の『文学評論』その他」
・・・「ベリンスキーの眼力」などは太平洋戦争中、作品の発表できなかった時分のノートから。「真夏の夜の夢」「デスデモーナのハンカチーフ」「復活」などは、珍しく芝居につき、この集のために新しく書いた。 一九四七年十二月〔一九四八年二月〕・・・ 宮本百合子 「はしがき(『女靴の跡』)」
・・・刻々の歴史に対する客観的な眼力を喪えば、文学上のディフォーメイションはディフォームした人生の局面の屈伏した使用人ともなるのであると思う。〔一九四〇年五月〕 宮本百合子 「文学のディフォーメイションに就て」
出典:青空文庫