・・・場所は切支丹屋敷内であって、その法庭の南面に板縁があり、その縁ちかくに奉行の人たちが着席し、それより少し奥の方に白石が坐った。大通事は板縁の上、西に跪き、稽古通事ふたりは板縁の上、東に跪いた。縁から三尺ばかり離れた土間に榻を置いてシロオテの・・・ 太宰治 「地球図」
・・・ 王さまも王妃も軽く笑いながら着席し、やがてなごやかな食事がはじめられたのでしたが、ラプンツェルひとりは、ただ、まごついて居りました。つぎつぎと食卓に運ばれて来るお料理を、どうして食べたらいいのやら、まるで見当が附かないのです。いちいち・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・一段高いところにちょこなんと首だけ出して、古くさい法官帽に涎かけのような模様のついた服を着た裁判官がパラ・パラ着席しています。看守や巡査が多勢います。丹野せつ子やその他二人ばかりの婦人闘士の姿も見えます。 傍聴人が席についてしまうと、宮・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・その一人が教室に戻って来るまで授業ははじめられず、みんな着席したまま固唾をのんで待っていた。やがて涙も一緒に水道の水でごしごしこすった顔を因幡の兎のように赤むけに光らして、しんから切なさそうにそのひとが席へ帰って来たとき、三十二人の全級はど・・・ 宮本百合子 「歳月」
・・・ さて、漸く各大臣も着席し議長から開会が宣せられた。指名にしたがって米内首相が登壇した。悠たりとしたモーニング・コートの姿である。その恰幅と潮風に鍛えられた喉にふさわしい低い幅のある荘重な音声で草稿にしたがって読まれる演説は、森とし・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・梶は、敗戦の将たちの灯火を受けた胸の流れが、漣のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって、半身を捻じ曲げたまま灯の中をさし覗いている栖方を見比べ、大厦の崩れんとするとき、人皆この一木に頼るばかりであろうかと、あたり・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫