・・・喜三郎も羽織は着なかったが、肌には着込みを纏っていた。二人は冷酒の盃を換わしてから、今日までの勘定をすませた後、勢いよく旅籠の門を出た。 外はまだ人通りがなかった。二人はそれでも編笠に顔を包んで、兼ねて敵打の場所と定めた祥光院の門前へ向・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・一夜明けて修業式の朝、起きて素早くシャツを着込み、あるときは、年とった女中に内緒にたのんで、シャツの袖口のボタンを、更に一つずつ多く縫いつけさせたこともありました。賞品をもらうときシャツの袖がちらと出て、貝のボタンが三つも四つも、きらきら光・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ にやにやうす笑いしてそんなことを言い言いぱちんぱちんと爪を切っていたが、切ってしまったら急にあわてふためいてどてらを着込み、れいの鏡も見ずにそそくさと帰っていったのである。僕にはそれもまたさもしい感じで、ただ軽侮の念を増しただけであっ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・いまこの少年が、かなり上等のシャツを着込み、私のものより立派な下駄をはいて、しゃんと立っているのを見て、私は非常に安心したのである。まずまず普通の服装である。狂人では、あるまい。さっき胸に浮かんだ計画を、実行しても差支え無い。相手は尋常の男・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫