・・・ピイと吹けば瞽女さあね。」 と仰向けに目をぐっと瞑り、口をひょっとこにゆがませると、所作の棒を杖にして、コトコトと床を鳴らし、めくら反りに胸を反らした。「按摩かみしも三百もん――ひけ過ぎだよ。あいあい。」 あっと呆気に取られてい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 村の或家さ瞽女がとまったから聴きにゆかないか、祭文がきたから聴きに行こうのと近所の女共が誘うても、民子は何とか断りを云うて決して家を出ない。隣村の祭で花火や飾物があるからとの事で、例の向うのお浜や隣のお仙等が大騒ぎして見にゆくというに・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・村の酒屋へ瞽女を留めた夜の話だ。瞽女の唄が済んでからは省作の噂で持ち切った。「省作がいったいよくない。一方の女を思い切らないで、人の婿になるちは大の不徳義だ、不都合きわまった話だ。婿をとる側になってみたまえ、こんなことされて堪るもんか」・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・というお侍いさんは……」と瞽女の坊の身振りをして、平生小六かしい顔をしている先生の意外な珍芸にアッと感服さしたというのはやはり昔し取った杵柄の若辰の物真似であったろう。「謹厳」が洋服を着たような満面苦渋の長谷川辰之助先生がこういう意表な隠し・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・孩児の頃より既に音律を好み、三歳、痘を病んで全く失明するに及び、いよいよ琴に対する盲執を深め、九歳に至りて隣村の瞽女お菊にねだって正式の琴三味線の修練を開始し、十一歳、早くも近隣に師と為すべき者無きに至った。すぐに京都に上り、生田流、松野検・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・ 縁日の事からもう一人私の記憶に浮び出るものは、富坂下の菎蒻閻魔の近所に住んでいたとかいう瞽女である。物乞をするために急に三味線を弾き初めたものと見えて、年は十五、六にもなるらしい大きな身体をしながら、カンテラを点した薦の上に坐って調子・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・それは瞽女のお石がふっつりと村へ姿を見せなくなったからであった。彼がお石と馴染んだのは足かけもう二十年にもなる。秋のマチというと一度必ず隊伍を組んだ瞽女の群が村へ来る。其同勢のうちにお石は必ず居たのである。晩秋の収穫季になると何処でも村の社・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫