・・・が、翌日瀬沼兵衛の逐天した事が知れると共に、始めてその敵が明かになった。甚太夫と平太郎とは、年輩こそかなり違っていたが、背恰好はよく似寄っていた。その上定紋は二人とも、同じ丸に抱き明姜であった。兵衛はまず供の仲間が、雨の夜路を照らしている提・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・こはトック君を知れるものにはすこぶる自然なる応酬なるべし。 答 自殺するは容易なりや否や? 問 諸君の生命は永遠なりや? 答 我らの生命に関しては諸説紛々として信ずべからず。幸いに我らの間にも基督教、仏教、モハメット教、拝火教等・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・しかし仁右衛門は小屋の所在が知れると跡は聞いていなかった。餓えと寒さがひしひしと答え出してがたがた身をふるわしながら、挨拶一つせずにさっさと別れて歩き出した。 玉蜀黍殻といたどりの茎で囲いをした二間半四方ほどの小屋が、前のめりにかしいで・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ぼくを悪者とでも思ったのか、いきなりポチが走って来て、ほえながら飛びつこうとしたが、すぐぼくだと知れると、ぼくの前になったりあとになったりして、門の所まで追っかけて来た。そしてぼくが門を出たら、しばらくぼくを見ていたが、すぐ変な鳴き声を立て・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・しかし革紐が緊しく張っているのと、痙攣のように体が顫うのとを見れば、非常な努力をしているのが知れる。ある恐るべき事が目前に行われているのが知れる。「待て。」横の方から誰やらが中音で声を掛けた。 広間の隅の、小さい衝立のようなものの背・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 一目見ても知れる、その何省かの官吏である事は。――やがて、知己になって知れたが、都合あって、飛騨の山の中の郵便局へ転任となって、その任に趣く途中だと云う。――それにいささか疑はない。 が、持主でない。その革鞄である。 ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・可哀相でね、お金子を遣って旅籠屋を世話するとね、逗留をして帰らないから、旦那は不断女にかけると狂人のような嫉妬やきだし、相場師と云うのが博徒でね、命知らずの破落戸の子分は多し、知れると面倒だから、次の宿まで、おいでなさいって因果を含めて、…・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ 都市労働者の生活は、これを最もよく知れる者によって書かれなければならない如く、農村の百姓の生活は、同じく体験あるものによって、始めて代弁されるであろう。 私達は、近代、機械によれる文学、もしくは、芸術の出現を認めない訳にはいかぬ。・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・それからステップの上へまで溢れた荷物を麻繩が車体へ縛りつけている恰好や――そんな一種の物ものしい特徴で、彼らが今から上り三里下り三里の峠を踰えて半島の南端の港へ十一里の道をゆく自動車であることが一目で知れるのであった。私はそれへ乗ってしまっ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・かれが支店の南洋にあるを知れる友らはかれ自らその所有の船に乗りて南洋に赴くを怪しまぬも理ならずや。ただひたすらその決行を壮なりと思えるがごとし。 女の解し難きものの一をわが青年倶楽部の壁内ならでは醸さざる一種の気なりといわまほし。今の時・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫