・・・私は兄貴と、それから兄貴の知人である北芳四郎という洋服屋と二人で相談してきめて呉れた、千葉県船橋の土地へ移された。終日籐椅子に寝そべり、朝夕軽い散歩をする。一週間に一度ずつ東京から医者が来る。その生活が二カ月ほどつづいて、八月の末、文藝春秋・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・私の知人が、いま三人ほど満洲に住んで大いそがしで働いて居ります。私は、その知人たちに逢い、一夜しみじみ酒を酌み合いたく、その為ばかりにでも、私は満洲に行きたいのですが、満洲は、いま、大いそがしの最中なのだという事を思えば、ぎゅっと真面目にな・・・ 太宰治 「三月三十日」
近頃パリに居る知人から、アレキサンダー・モスコフスキー著『アインシュタイン』という書物を送ってくれた。「停車場などで売っている俗書だが、退屈しのぎに……」と断ってよこしてくれたのである。 欧米における昨今のアインシュタ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・然しわたくしの知人で曾てこの地に卜居した者の言う所によれば、土地陰湿にして夏は蚊多く冬は湖上に東北の風を遮るものがないので寒気甚しくして殆ど住むに堪えないと云うことである。 不忍池の周囲は明治十六七年の頃に埋立てられて競馬場となった。一・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ただ今私を御紹介下さった速水君は知人であります。昔は御弟子で今は友達――いや友達以上の偉い人であります。しかし、知り合ではありますけれども、速水さんから頼まれた訳でもありません。今度私が此処に現われたのは安倍能成という――これも偉い人で、や・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・途中で知人に挨拶されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりする。かつて私は、長く住んでいた家の廻りを、塀に添うて何十回もぐるぐると廻り歩いたことがあった。方向観念の錯誤から、すぐ目の前にあ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・どっさりの異性の知人というものが、あるいは同僚があるような公共的な生活が先ずあって、そういう土台からもっと私的なこまかい条件の加わって来る友情も生れる空気が求められるべきだと思う。異性の友情という、どことなし従来の婦人雑誌のトピック向きな空・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・後に深野屋へ聞えた所に依ると、亀蔵は正月二十四日に、熊野仁郷村にいるははかたの小父林助の家に来て、置いてくれと頼んだが、林助は貧乏していて、人を置くことが出来ぬと云って、勧めて父定右衛門が許へ遣った。知人にたよろうとし、それがかなわぬ段にな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ それも新緑の噴き出て来た晩春のある日のことだ。「色紙を一枚あなたに書いてほしいという青年がいるんですが、よろしければ、一つ――」 知人の高田が梶の所へ来て、よく云われるそんな注文を梶に出した。別に稀な出来事ではなかったが、この・・・ 横光利一 「微笑」
・・・その茸の国で知人に逢う喜びに胸をときめかせつつ、彼は次から次へと急いで行く。ある国では寂として人影がない。他の国ではにぎやかに落ち葉の陰からほほえみ掛ける者がある。そのたびごとに子供は強い寂しさや喜びを感じつつ、松林の外の世界を全然忘れてい・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫