・・・ * * * 文士珈琲店の客は皆知り合いである。その中に折々来る貴族が二人あった。それが来るのを、定連は名誉としている。二人共陸軍騎兵中尉で、一人は竜騎兵、一人は旆騎兵に属している。・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・かの地の大使館員でMという人と知り合いになったがその人がラッパのない、小さな戸棚のような形をした上等の蓄音機をもっていた。そしてかの地で聞く機会の多いオペラのアリアや各種器楽のレコードを集めて、それを研究し修練してわびしいひとり居の下宿生活・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・わたくしは仲の町の芸人にはあまり知合いがないが、察するところ、この土地にはその名を知られた師匠株の幇間であろうと思った。 この男は見て見ぬように踊子たちの姿と、物食う様子とを、楽し気に見やりながら静かに手酌の盃を傾けていた。踊子の洋装と・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・その関係でときどき自分の家に出はいるところからしぜん重吉とも知り合いになって、会えば互いに挨拶するくらいの交際が成立した。けれども二人の関係はそれ以上に接近する機会も企てもなく、ほとんど同じ距離で進行するのみにみえた。そうして二人ともそれ以・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・そこには多くの知り合いがいた。白日の下には、彼を知るものは悉くが、敵であった。が、帰って行けば、「ふん、そいつはまずかった」と云って呉れるがいた。 だんだんは大きく、大胆になって行った。 汽車は滑かに、速に辷った。気持よく食堂車は揺・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・それは東雲の客の吉さんというので、小万も一座があッて、戯言をも言い合うほどの知合いである。「吉里さん、後刻に遊びにおいでよ」と、小万は言い捨てて障子をしめて、東雲の座敷へ急いで行ッてしまった。 その日の夜になッても善吉は帰らなかッた・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・トルコからの六人の人たちと、船の中で知り合いになりました。その団長は、地学博士でした。大祭に参加後、すぐ六人ともカナダの北境を探険するという話でした。私たちは、船を下りると、すぐ旅装を調えて、ヒルテイの村に出発したのであります。実は私は日本・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・出入りの俥夫が知り合いで、その家を選定してくれたのであった。 陽子、弟の忠一、ふき子、三日ばかりして、どやどや下見に行った。大通りから一寸入った左側で、硝子が四枚入口に立っている仕舞屋であった。土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ ある日曜日に暇を貰って出て歩くついでに、女房は始めてツァウォツキイと知合いになった。その時ツァウォツキイは二色のずぼんを穿いていた。一本の脚は黄いろで、一本の脚は赤かった。髪の毛の間にははでな色に染めた鳥の羽を挿していた。その羽に紐が・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・その日には昔からの知合の善い人達がわたくしの部屋の戸を叩きに参るのでございます。その人達はお寺へ参るような風で、わたくしの所へ参りますの。曠着を着まして、足を爪立てまして、手には花束を持ちまして。」 一間の内はひっそりとしている。外で振・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫