・・・ 僕の父は又短気だったから、度々誰とでも喧嘩をした。僕は中学の三年生の時に僕の父と相撲をとり、僕の得意の大外刈りを使って見事に僕の父を投げ倒した。僕の父は起き上ったと思うと、「もう一番」と言って僕に向って来た。僕は又造作もなく投げ倒した・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・ 思案をするじゃが、短気な方へ向くめえよ、後生だから一番方角を暗剣殺に取違えねえようにの、何とか分別をつけさっせえ。 幸福と親御の処へなりまた伯父御叔母御の処へなり、帰るような気になったら、私に辞儀も挨拶もいらねえからさっさと帰りね・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ずいぶん短気の人でありましたから、非常に腹を立てた。彼はそのときは歴史などは抛りぽかして何にもならないつまらない小説を読んだそうです。しかしながらその間に己で己に帰っていうに「トーマス・カーライルよ、汝は愚人である、汝の書いた『革命史』はソ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・はじめは私が勝って、つぎには私が短気を起したものだから、負けた。私のほうが、すこし強いように思われた。深田久弥は、日本に於いては、全くはじめての、「精神の女性」を創った一等の作家である。この人と、それから井伏鱒二氏を、もっと大事にしなければ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・彼らの或者はもはや最後の手段に訴える外はないと覚悟して、幽霊のような企がふらふらと浮いて来た。短気はわるかった。ヤケがいけなかった。今一足の辛抱が足らなかった。しかし誰が彼らをヤケにならしめたか。法律の眼から何と見ても、天の眼からは彼らは乱・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・あるいはまた、家道紊れて取締なく、親子妻妾相互いに無遠慮狼藉なるが如きものにても、その主人は必ず特に短気無法にして、家人に恐れられざるはなし。即ち事の要用に出でたるものにして、いやしくも家風に厳格を失うか、もしくは主人に短気無法の威力なきに・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・おれ達はこの責任を負って死ぬからな、お前たちは決して短気なことをして呉れるな。これからあともよく軍律を守って国家のためにつくしてくれ」兵卒一同「いいえ、だめであります。だめであります。」特務曹長「いかん。貴様たちに命令する。将軍のお・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・ つかみ合いがしたくなれば兵士を互に出してつかみ合わせ短気なものがあやにく斯うした時にはふえるものですぐに剣の柄に手をかければこなたもだまって居られず、恐ろしい様子をいたいてまるで互にけんかの当人ででもある様に突いたり斬ったり心のままに・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・心たけく、機はしり、大略は弁舌も明らかに物をいい、智慧人にすぐれ、短気なることなく、静かに奥深く見えるのであるが、しかし何事についてもよわ見なることをきらう。この一つの欠点のゆえに、いろいろな破綻が生じてくるのである。家老は大将のこの性格を・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫