・・・風にもめげずに皆駆出すが、ああいう児だから、一人で、それでも遊戯さな……石盤へこう姉様の顔を描いていると、硝子戸越に……夢にも忘れない……その美しい顔を見せて、外へ出るよう目で教える……一度逢ったばかりだけれども、小児は一目顔を見ると、もう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・自分はうらやましい心をおさえて川沿いの岸の草をむしりながら石盤をかかえて先生の家へ急ぐ。寒竹の生けがきをめぐらした冠木門をはいると、玄関のわきの坪には蓆を敷き並べた上によく繭を干してあった。玄関から案内を請うと色の黒い奥さんが出・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ 小学教育の事 三 筆算と十露盤といずれか便利なりと尋ぬれば、両様ともに便利なりと答うべし。石盤と石筆との価、十露盤よりも高からず、その取扱もまた十露盤に異ならず。かつ、筆算は一人の手にかない、十露盤は二人を要す。算の・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・するとそこには三人のはだしの人たちが、目をまっ赤にして酒を飲んでおりましたが、一人が立ち上がって、「パンはあるが、どうも食われないパンでな。石盤だもな。」とおかしなことを言いますと、みんなはおもしろそうにブドリの顔を見てどっと笑いました・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・愛のよろこびや美しい結合に憧れをめざまされるよりも先に、性交への好奇心が石盤刷りのようなあくどさで刺戟されてゆくのは、惨憺たることです。性には人格もあり個性もある。特に女性は人間的な要素が多い。その要素を無視して、性器だけの交渉に中心をおく・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫