・・・当時の政客で○○○議長もしたことのあるK氏の夫人とその同伴者が波打際に坐り込んで砂浜を這上がる波頭に浴しているうちに大きな浪が来て、その引返す強い流れに引きずり落され急斜面の深みに陥って溺死した。名士の家族であっただけにそのニュースは郷里の・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ 波頭が砂浜をはい上がって引いたすぐあとの湿った細砂の表面を足で踏むと、その周囲二三尺ほどの所が急にすうとかわくが、そのまま立ち止まっていると、すぐにまた湿って来ます。これはどういうわけかというと、砂粒が自然のままに落ち着いている時は、・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・ 美しい砂浜には、玉のような石が敷かれてあった。水がびちょびちょと、それらの小石や砂を洗っていた。青い羅衣をきたような淡路島が、間近に見えた。「綺麗ですね」などと桂三郎は讃美の声をたてた。「けどここはまだそんなに綺麗じゃないです・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・そして海岸にわずかの砂浜があってそこには巨きな黒松の並木のある街道が通っている。少し大きな谷には小さな家が二、三十も建っていてそこの浜には五、六そうの舟もある。さっきから見えていた白い燈台はすぐそこだ。ぼくは船が横を通る間にだまってすっ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・光りの消えた砂浜を小急ぎに、父を真中にやって来ると、白斑の犬が一匹船の横から出て来た。「こい、こい」 晴子が手を出すと、尾を振りながら跟いて来た。「何だお前の名は――ポチか? え?」 そして、父が短い口笛で愛想した。「ポ・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・ 藍子は、額にかざして日をよけていた雑誌の丸めたのを振りながら、ずんずん先へ立って砂浜へ出て行った。 遠浅ののんびりした沖に帆かけ船が数艘出ている。それ等は殆ど動かず水平線上に並んでいた。「静かな海だなあ」「……もっと波の高・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・子供たちは砂浜で、ぶるぶる慄える海月を攫んで投げつけ合った。舟から樽が、太股が、鮪と鯛と鰹が海の色に輝きながら溌溂と上って来た。突如として漁場は、時ならぬ暁のように光り出した。毛の生えた太股は、魚の波の中を右往左往に屈折した。鯛は太股に跨ら・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫