・・・と、かすかな砂煙の中から囁くような声が起って、そこここに白く散らかっていた紙屑が、たちまちアスファルトの空へ消えてしまう。消えてしまうのじゃありません。一度にさっと輪を描いて、流れるように飛ぶのです。風が落ちる時もその通り、今まで私が見た所・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・「夜があけると、この砂煙。でも人間、雲霧を払った気持だ。そして、赤合羽の坊主の形もちらつかぬ。やがて忘れてな、八時、九時、十時と何事もなく課業を済まして、この十一時が読本の課目なんだ。 な、源助。 授業に掛って、読出した処が、怪・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 湿った暗闇の中を、砂煙が濛々と渦巻いているのが感じられる。 あとから、小さい破片が、又、バラ/\、バラ/\ッと闇の中に落ちてきた。何が、どうなってしまったか、皆目分らなかった。脚や腰がすくみ上って無茶に顫えた。「井村!」奥の方・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・本郷でも、大学の前から駒込の方へ少し行けば、もう町はずれにて、砂煙の中に多くの肥車に逢うた。 その頃には、今の大学の正門の所に粗末な木の門があった。竜岡町の方が正門であって、そこは正門ではなかったらしい。そこから入ると、すぐ今は震災で全・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
出典:青空文庫