・・・ 二人には二人の心が硝子の両面から覗き合っている顔のようにはっきりと感じられた。 三 今は、彼の妻は、ただ生死の間を転っている一疋の怪物だった。あの激しい熱情をもって彼を愛した妻は、いつの間にか尽く彼の前から・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・木の枝を押し分けると、赤い窓帷を掛けた窓硝子が見える。 家の棟に烏が一羽止まっている。馴らしてあるものと見えて、その炭のような目で己をじっと見ている。低い戸の側に、沢の好い、黒い大きい、猫が蹲って、日向を見詰めていて、己が側へ寄っても知・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・高い硝子戸の前まで連れて来て置いて役人は行ってしまった。フィンクは肘で扉を押し開けて閾の上に立って待合室の中を見た。明るい所から暗い所に這入ったので、目の慣れるまではなんにも見えなかった。次第に向側にある、停車場の出口の方へ行く扉が見えて来・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・漱石の作品にある『硝子戸の中』はそういう仕掛けのものであった。そこで廊下から西洋風の戸口を通って書斎へはいると、そこは板の間で、もとは西洋風の家具が置いてあったのかもしれぬが、漱石は椅子とか卓子とか書き物机とかのような西洋家具を置かず、中央・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫