・・・……お君が嫁いだ後、金助は手伝い婆さんを雇って家の中を任せていたのだが、選りによって婆さんは腰が曲り、耳も遠かった。「このたびはえらい御不幸な……」 と挨拶した婆さんに抱いていた子供を預けると、お君は一張羅の小浜縮緬の羽織も脱がず、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・(魔法使いの婆さんがあって、婆さんは方々からいろ/\な種類の悪魔を生捕って来ては、魔法で以て悪魔の通力を奪って了う。そして自分の家来にする。そして滅茶苦茶にコキ使う。厭なことばかしさせる。終いにはさすがの悪魔も堪え難くなって、婆さんの処・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・留守は弟の細君と、私の十四の倅と、知合いから来てもらった婆さんと、昨年の十一月父が出てきて二三日して産れた弟の男の赤んぼとの四人であった。出て行く私たちより留守する者たちのさびしさが思いやられた。 昨年の八月義母に死なれて、父は身辺いっ・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・の意図を衛っている。 一番はしの家はよそから流れて来た浄瑠璃語りの家である。宵のうちはその障子に人影が写り「デデンデン」という三味線の撥音と下手な嗚咽の歌が聞こえて来る。 その次は「角屋」の婆さんと言われている年寄っただるま茶屋の女・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・吉田はその店にそんな娘が坐っていたことはいくら言われても思い出せなかったが、その家のお婆さんというのはいつも近所へ出歩いているのでよく見て知っていた。吉田はそのお婆さんからはいつも少し人の好過ぎるやや腹立たしい印象をうけていたのであるが、そ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・思ったより大きな家で庭に麦が積んであって、婆さんと若夫婦らしいのとがしきりに抜いでいたが、それからみんな集まって絵を見るやら茶を出すやら大騒ぎを初めた。それで僕は明日自分で持って来てやると約束して来たんだ。今日は降るから閉口したが待っている・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 五 二十八の夏でございました、そのころはやや運が向いて参りまして、鉄道局の雇いとなり月給十八円貰っていましたが女には懲りていますから女房も持たず、婆さんも雇わず、一人で六畳と三畳の長屋を借りまして自炊しながら局に通・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ある時は、老人や婆さんがやって来た。ある時は娘がやって来た。 吉永は、一中隊から来ていた。松木と武石とは二中隊の兵卒だった。 三人は、パン屑のまじった白砂糖を捨てずに皿に取っておくようになった。食い残したパンに味噌汁をかけないように・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・と挨拶して、裏へ廻って自ら竿を取出してたまと共に引担いで来ると、茶店の婆さんは、 おたのしみなさいまし。好いのが出ましたら些御福分けをなすって下さいまし。と笑って世辞をいってくれた。その言葉を背中に聴かせながら、 ああ、宜い・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・と、私に言ってみせたある婆さんもある。あんな言葉を思い出して見るのも堪えがたかった。「とうさん、どこへ行くの。」 ちょっと私が屋外へ出るにも、そう言って声を掛けるのが次郎の癖だ。植木坂の下あたりには、きまりでそのへんの門のわきに立ち・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫