・・・「しかし僕も小えんのために、浪花節語りと出来た事を祝福しようとは思っていない。幸福になるか不幸になるか、それはどちらともいわれないだろう。――が、もし不幸になるとすれば、呪わるべきものは男じゃない。小えんをそこに至らしめた、通人若槻青蓋・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・我々の神はこの二匹の河童に『食えよ、交合せよ、旺盛に生きよ』という祝福を与えました。……」 僕は長老の言葉のうちに詩人のトックを思い出しました。詩人のトックは不幸にも僕のように無神論者です。僕は河童ではありませんから、生活教を知らなかっ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・保吉は巻煙草に火をつけながら、木蘭の個性を祝福した。そこへ石を落したように、鶺鴒が一羽舞い下って来た。鶺鴒も彼には疎遠ではない。あの小さい尻尾を振るのは彼を案内する信号である。「こっち! こっち! そっちじゃありませんよ。こっち! こっ・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・己れだって粗忽な真似はし無えで、兄弟とか相棒とか云って、皮のひんむける位えにゃ手でも握って、祝福の一つ二つはやってやる所だったんだ。誓言そうして見せるんだった。それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったん・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・長い説教ではなかったが神の愛、貧窮の祝福などを語って彼がアーメンといって口をつぐんだ時には、人々の愛心がどん底からゆすりあげられて思わず互に固い握手をしてすすり泣いていた。クララは人々の泣くようには泣かなかった。彼女は自分の眼が燃えるように・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・不幸なそして同時に幸福なお前たちの父と母との祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ。前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。 行け。勇んで。小さき者よ。 有島武郎 「小さき者へ」
・・・そうして戸部とともちゃんとの未来を祝福しようじゃないか。戸部 俺はともちゃんをなぐったことがある。とも子 ええ、たしか二度なぐられてよ。戸部 それでも、俺のところに来る気か。とも子 行きます。その代わり、こんどこそはなぐ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・兄のような健康には、春の来るのがどのくらい祝福であるかをお察しする。 僕の生活の長い蟄眠期もようやく終わりを告げようとしているかに見える。十年も昔僕らがまだ札幌にいたころ、打ち明け話に兄にいっておいたことを、このごろになってやっと実行し・・・ 有島武郎 「片信」
・・・予は新たに建てらるべき第二の函館のために祝福して、秋風とともに焼跡を見捨てた。 札幌に入って、予は初めて真の北海道趣味を味うことができた。日本一の大原野の一角、木立の中の家疎に、幅広き街路に草生えて、牛が啼く、馬が走る、自然も人間もどこ・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・幸に、男子にとって、厄年である四十三も、無事に過ぎたことを祝福します。――十三年十二月―― 小川未明 「机前に空しく過ぐ」
出典:青空文庫