・・・ その掛稲は、一杯の陽の光と、溢れるばかり雀を吸って、むくむくとして、音のするほど膨れ上って、なお堪えず、おほほほほ、笑声を吸込んで、遣切れなくなって、はち切れた。稲穂がゆさゆさと一斉に揺れたと思うと、女の顔がぼっと出て、髪を黒く、唇を・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・黄金色にみのった稲穂の真中を、そこだけは、真直に、枯色の反物を引っぱったようになっていた。秋からは、その沿線附近一帯をも、あまり儲けにならない麦を蒔かずに、荒れるがまゝに放って置く者もあった。 冬の始めになった。又、巻尺と、赤と白のペン・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・左側を見渡すと限りもなく広い田の稲は黄色に実りて月が明るく照して居るから、静かな中に稲穂が少しばかり揺れて居るのも見えるようだ。いい感じがした。しかし考が広くなって、つかまえ処がないから、句になろうともせぬ。そこで自分に返りて考えて見た。考・・・ 正岡子規 「句合の月」
出典:青空文庫