・・・「うん。空中一面の煙だ」「いやに鳴るじゃないか」「さっきより、烈しくなったようだ。――ハンケチは裂けるかい」「うん、裂けたよ。繃帯はもうでき上がった」「大丈夫かい。血が出やしないか」「足袋の上へ雨といっしょに煮染んで・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その時に何か空中に飛行船でも認めしむることが出来ないとも限らない。 それほど人間という者は人の真似をするように出来ている情けないものであります。それでその、人の真似をするということは、子供の内から始まって、今言ったような些末の事柄ばかり・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・子供の時、春の日和に立っていて体が浮いて空中を飛ぶようで、際限しも無いあくがれが胸に充ちた事がある。また旅をするようになってから、ある時は全世界が輝き渡って薔薇の花が咲き、鐘の声が聞えて余所の光明に照されながら酔心地になっていた事がある。そ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ かように暗裏の鬼神を画き空中の楼閣を造るは平常の事であるが、ランプの火影に顔が現れたのは今宵が始めてである。『ホトトギス』所載の挿画 年の暮の事で今年も例のように忙しいので、まだ十三、四日の日子を余して居るにもかかわら・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・ その晩の夢の奇麗なことは、黄や緑の火が空で燃えたり、野原が一面黄金の草に変ったり、たくさんの小さな風車が蜂のようにかすかにうなって空中を飛んであるいたり、仁義をそなえた鷲の大臣が、銀色のマントをきらきら波立てて野原を見まわったり、ホモ・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・すると空中にざあっと雨のような音がして何かまっくらなものがいくかたまりもいくかたまりも鉄砲丸のように川の向うの方へ飛んで行くのでした。ジョバンニは思わず窓からからだを半分出してそっちを見あげました。美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・そのうち或る日の昼、お神さんが飯の仕度につけたストーヴの火が空中瓦斯を引いて大爆発をした。火は火を呼び、更に地べたそのものが火をふき出したが、男たちは油田へ出切っている間の出来事である。三百数十人の大小の死体とメラメラ火を吐いている焦土とが・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・のような脱出の角度と形態は、その会にあつまった人々に種々の試練を与えて成長させるか、或いは空中分解をさせてしまうかするであろうほかに、直接その会に関係をもっていない一般の人たちに、多くの問題を示唆する。そして、たとえ「雲の会」そのものが地上・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・朝日に輝いた剣銃の波頭は空中に虹を撒いた。栗毛の馬の平原は狂人を載せてうねりながら、黒い地平線を造って、潮のように没落へと溢れていった。 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 空中楼閣を描く夢はアインシュタインとて持ったであろうが、いまそれが、この栖方の検閲にあって礎石を覆えされているとは、これもあまりに大事件である。梶にはも早や話が続かなかった。栖方を狂人と見るには、まだ栖方の応答のどこ一つにも狂いはなか・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫