・・・日本の戯曲家や小説家は、――殊に彼の友だちは惨憺たる窮乏に安んじなければならぬ。長谷正雄は酒の代りに電気ブランを飲んでいる。大友雄吉も妻子と一しょに三畳の二階を借りている。松本法城も――松本法城は結婚以来少し楽に暮らしているかも知れない。し・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・結婚生活の窮乏に堪え得られないなら、共稼ぎして、母性愛と育児とをある程度まで犠牲にしても結婚すべきである。オールドミスの職業婦人は特別な天才や、宗教的、事業的献身の場合のほかは見るも淋しく、惨めである。窮乏せる結婚生活が恋愛の墓場であるにし・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
全国の都市や農村から、約二十万の勤労青年たちが徴兵に取られて、兵営の門をくゞる日だ。 都市の青年たちは、これまでの職場を捨てなければならない。農村の青年たちは、鍬や鎌を捨て、窮乏と過労の底にある家に、老人と、幼い弟や妹・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・戦争には、残虐や、獣的行為や、窮乏苦悩が伴うものであるが、それでも、有害で反動的な悪制度を撤廃するのに役立った戦争が歴史上にはあった。それらは、人類の発展に貢献したことから考えて是認さるべきである。で、プロレタリアートは、現在の戦争に対して・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・八年間、その間には、往年の呑気な帝国大学生の身の上にも、困苦窮乏の月日ばかりが続きました。八年間、その間に私は、二十も年をとりました。やがて雨さえ降って来て、家内も、母も、妹も、いい町です、落ち附いたいい町です、と口ではほめていながら、やは・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・のダメという事になりまして、私は詩壇に於いて失脚し、また、それまでの言語に絶した窮乏生活の悪戦苦闘にも疲れ果て、ついに秋風と共に単身都落ちというだらし無い運命に立ちいたったのでございます。 つまり私という老人は、何一つ見るべきところが無・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・という、いよいよ降参人の降参人たる本領を発揮せざるを得ざるに至った、ああ悲夫、 乗って見たまえとはすでに知己の語にあらず、その昔本国にあって時めきし時代より天涯万里孤城落日資金窮乏の今日に至るまで人の乗るのを見た事はあるが自分が乗って見・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・仏蘭西のミレーも生きている間は常に物質的の窮乏に苦しめられていました。またこれは個人の例ではないが日本の昔に盛んであった禅僧の修行などと云うものも極端な自然本位の道楽生活であります。彼らは見性のため究真のためすべてを抛って坐禅の工夫をします・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・今のように表面的にはそういう新たな歴史の建設的推進力が見にくくされているような時期には、窮乏化する小市民インテリゲンツィアが、確信をもって新たな次代の階級へ自身を移行させることが困難であると同様に、恋愛や結婚の実際に当っても、本質的な発展は・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・今日二・二六の事件を戦争を欲しなかった青年将校の行動であるとか、農民大衆の窮乏にふるいたった青年将校たちの行動であるとかいう二・二六記録が発表されている事実と鋭くにらみ合わされる必要があります。 人民的な文化建設をいうとき、これまではい・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫