・・・ 虎と蛇とは、一つ餌食を狙って、互に隙でも窺うのか、暫くは睨合いの体でしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛まれるか、蛇の舌に呑まれるか、杜子春の命は瞬く内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇と・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・寝息を窺うと、母親はよく寝入っているらしい。そこで、そっと床をぬけ出して、入口の戸を細目にあけながら、外の容子を覗いて見た。が、外はうすい月と浪の音ばかりで、男の姿はどこにもない。娘は暫くあたりを見廻していたが、突然つめたい春の夜風にでも吹・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・通りすぎながら、二人が尻眼に容子を窺うと、ただふだんと変っているのは、例の鍵惣が乗って来た車だけで、これは遠くで眺めたのよりもずっと手前、ちょうど左官屋の水口の前に太ゴムの轍を威かつく止めて、バットの吸殻を耳にはさんだ車夫が、もっともそうに・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ さりとも、人は、と更めて、清水の茶屋を、松の葉越に差窺うと、赤ちゃけた、ばさらな銀杏返をぐたりと横に、框から縁台へ落掛るように浴衣の肩を見せて、障子の陰に女が転がる。 納戸へ通口らしい、浅間な柱に、肌襦袢ばかりを着た、胡麻塩頭の亭・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ 戸外にては言途絶え、内を窺う気勢なりしが、「通ちゃん、これだけにしても、逢わせないから、所詮あかないとあきらめるが……」 呼吸も絶げに途絶え途絶え、隙間を洩れて聞ゆるにぞ、お通は居坐直整えて、畳に両手を支えつつ、行儀正しく聞き・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・なお窺うよしして、花と葉の茂夫人 人形使 (猿轡のまま蝙蝠傘を横に、縦に十文字に人形を背負い、うしろ手に人形の竹を持ちたる手を、その縄にて縛められつつ出づ。肩を落し、首を垂れ、屠所に赴くもののごとし。しかも酔える足どり、よたよたとし・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・自分はしばらく牛を控えて後から来る人たちの様子を窺うた。それでも同情を持って来てくれた人たちであるから、案じたほどでなく、続いて来る様子に自分も安心して先頭を務めた。半数十頭を回向院の庭へ揃えた時はあたかも九時であった。負傷した人もできた。・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ そっと一こと言って、枝折戸の外を窺う。外には草を踏む音もせぬ。おとよはわが胸の動悸をまで聞きとめた。九十九里の波の遠音は、こういう静かな夜にも、どうーどうーどうーどうーと多くの人の睡りをゆすりつつ鳴るのである。さすがにおとよは落ちつき・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・の椿岳国の第一の名産たる画はどんな作である乎、先年の椿岳展覧会は一部の好事家間に計画されたので、平生相知る間を集めて展観したのだから、この展覧会で椿岳の画の全部を知る事は出来なかったが、ほぼその画風を窺う事は出来た。 椿岳の画は大津絵で・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ それにつき鴎外の性格の一面を窺うに足る一挿話がある。或る年の『国民新聞』に文壇逸話と題した文壇の楽屋咄が毎日連載されてかなりな呼物となった事があった。蒙求風に類似の逸話を対聯したので、或る日の逸話に鴎外と私と二人を列べて、堅忍不抜精力・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
出典:青空文庫