・・・ と、自転車を走らせて急を知らせてくれ、お君が駆けつけると、黄昏の雪空にもう電気をつけた電車が何台も立往生し、車体の下に金助のからだが丸く転がっていた。 ぎゃッと声を出したが、不思議に涙は出ず、豹一がキャラメルのにちゃくちゃひっつい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・プラットホームで五時間も立ち往生してましたわ。おかげで……」「しかし、驚きましたなア。もっともロミオとジュリエットは窓から……」 と、言いかけて、白崎は赧くなっている女の顔を見て、おやっと思った。その美しさにびっくりしたのではない。・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・たらいいことにと思って道傍へ寄りかけたのであるが、女は自動車の警笛などは全然注意には入らぬらしく、かえって自分に注意の薄らいで来た吉田の顔色に躍起になりながらその話を続けるので、自動車はとうとう往来で立往生をしなければならなくなってしまった・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・こうして一度にそれからそれと見て通ると、ラジオ放送のために途上で立往生している人間の数がいかに多数であるかということをはっきりとリアライズすることが出来る。実に十年前には見られなかった新しい顕著な社会現象の一つである。これが東京市内に限らず・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・電線がかたまりこんがらがって道を塞ぎ焼けた電車の骸骨が立往生していた。土蔵もみんな焼け、所々煉瓦塀の残骸が交じっている。焦げた樹木の梢がそのまま真白に灰をかぶっているのもある。明神前の交番と自働電話だけが奇蹟のように焼けずに残っている。松住・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・昼頃近くになっても霜柱の消えないような玄関の前に立って呼鈴を鳴らしてもなかなかすぐには反応がなくて立往生をしていると、凜冽たる朔風は門内の凍てた鋪石の面を吹いて安物の外套を穿つのである。やっと通されると応接間というのがまた大概きまって家中で・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・連れて来たM君はこの意外の光景にすっかり面食らって立ち往生をしたそうであるが、その時先生のこの酔漢に対する応答の態度がおもしろかった。相手の酔っぱらいの巻き舌に対して、どっちも負けずに同じような態度と口調で、小気味よくやりとりをしていた。負・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・貨車を引っぱっていた機関車はとてものろくはしった上、まるで思いがけないところで立往生した。すると若いもの達は貨車の中からとび出して森へ行った。森で彼等は白樺の木を伐った。機関車はそれをたき黒煙をあげてはしり出し彼女等は貨車の真中に煙突を立て・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ところが越中島の糧秣廠がやけ両国の方がやけ、被服廠あとがやけ四方火につつまれ川の真中で、立往生をした。男と云えば、船頭と自分と二人ぎりなので五つの子供まで、着物で火を消す役につき、二歳の子供は恐怖で泣きもしない。 そのうちに、あまり火が・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・て、ひゅあひゅあしょあしょあとかなんとか云って、ぬかるみ道を前進しようとしたところが、騾馬やら、驢馬やら、ちっぽけな牛やらが、ちっとも言うことを聞かないで、綱がこんがらかって、高粱の切株だらけの畑中に立往生をしたのは、滑稽だったね。」記者は・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫