・・・頭の鈍い人たちは、申し立つべき希望の端くれさえ持ち合わしてはいなかったし、才覚のある人たちは、めったなことはけっして口にしなかった。去年も今年も不作で納金に困る由をあれだけ匂わしておきながら、いざ一人になるとそんな明らかなことさえ訴えようと・・・ 有島武郎 「親子」
・・・……竜と蛞蝓ほど違いましても、生あるうちは私じゃとて、芸人の端くれ。太夫様の御光明に照らされますだけでも、この疚痛は忘られましょう。」と、はッはッと息を吐く。…… 既に、何人であるかを知られて、土に手をついて太夫様と言われたのでは、その・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・というものが、世に閑却される所以であろう、いくら茶室があろうが、茶器があろうが、抹茶を立てようが、そんなことで茶趣味の一分たりとも解るものでない、精神的に茶の湯の趣味というものを解していない族に、茶の端くれなりと出来るものじゃない、客観的に・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・も、既に今日の教育会は予定せられてあって、いまさら中止も出来ないわけがあるのだそうで、ここに於いて誰やらが、私の存在を思い出し、あのじいさんも昔は詩だか何だかを書いた事があるんだそうだ、謂わば文化人の端くれだ、あれでも呼んで間に合せようでは・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・僕のところへ来る客は、自分もまあこれでも、小説家の端くれなので、小説家が多くならなければならぬ筈なのに、画家や音楽家の来訪はあっても、小説家は少かった。いや、ほとんど無いと言っても過言ではない状態であった。けれども、新宿の若松屋のおかみさん・・・ 太宰治 「眉山」
・・・マーニャの家は、貧しいポーランドの貧しい小貴族の端くれで、経済的には決して楽でなかったことは、マーニャの生れた時分既に結核の徴候があらわれていて閉じこもり勝であった美しくて音楽ずきの母が、小さいマーニャのために自分で靴を縫ってやっているとい・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
出典:青空文庫