・・・何を笑うの。それにね、あの人は堅いのよ。わたしより外の女に関係していないということは、わたし受け合っても好いの。なぜ笑うの。いつかもわたしに打ち明けて話したわ。そら。わたしが諾威へ旅稼に行ったでしょう。あの留守に、あの厭なフリイデリイケが来・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・何を、そんなに笑うんだ。こう、姉さん。おらあな、いまに出征するんだ。そのときは、おどろくなよ。のんだくれの弟だって、人なみの働きはできるさ。嘘だよ、まだ出征とは、きまってねえのだ。だけども、さ、I can speak English. Ca・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・そんな時心から笑う。それで定連に可哀がられている。こう云う社会では「話を受ける」人物もいなくてはならないのである。 こんな風で何年か立った。 そのうちある時、いつも話の受け手にばかりなっていた、このチルナウエルが忽ち話題になった。多・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・眉の美しい、色の白い頬の豊かな、笑う時言うに言われぬ表情をその眉と眼との間にあらわす娘だ。 「もうどうしても二十二、三、学校に通っているのではなし……それは毎朝逢わぬのでもわかるが、それにしてもどこへ行くのだろう」と思ったが、その思った・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・おおぜいがどっと笑う。これが序曲である。 一編の終章にはやはり熱帯の白日に照らされた砂漠が展開される。その果てなき地平線のただ中をさして一隊の兵士が進む。前と同じ単調な太鼓とラッパの音がだんだんに遠くなって行く。野羊を引きふろしき包みを・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・お絹は癖で、詰まったような鼻で冷笑うように言った。「今でもやっぱり遊ぶのかね」「どうやら。家へあまりいらしゃらんさかえ。前かって、そうお金を費ったという方じゃないですもの」 道太は嫂たちが騒ぐのに対する「弁解だな」と思った。・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・せいぜい弁当箱に顔をおしつけて笑うくらいだろう。何とかいわねばならないが。――もちろんいうことは沢山あった。自分が竹びしゃく作りであること、熊本ではもう雇ってくれてがないこと、それから自分の理想、ヨゼフ・ディーツゲンのこと……。しかし一ばん・・・ 徳永直 「白い道」
・・・雀百まで躍るとかいう諺も思合されて笑うべきかぎりである。 かつて東京にいたころ、市内の細流溝渠について知るところの多かったのも、けだしこの習癖のためであろう。これを例すれば植物園門前の細流を見てその源を巣鴨に探り、関口の滝を見ては遠きを・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・大きな口が更に拡がって鉄漿をつけたような穢い歯がむき出して更に中症に罹った人のように頭を少し振りながら笑うのである。然し瞽女の噂をして彼に揶揄おうとするものは彼の年輩の者にはない。随って彼の交際する範囲は三四十代の壮者に限られて居るのである・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・と女は態とらしからぬ様ながらちょと笑う。やがて朱塗の団扇の柄にて、乱れかかる頬の黒髪をうるさしとばかり払えば、柄の先につけたる紫のふさが波を打って、緑り濃き香油の薫りの中に躍り入る。「我に贈れ」と髯なき人が、すぐ言い添えてまたからからと・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫