・・・この時の俺の心もちは恐怖と言うか、驚愕と言うか、とうてい筆舌に尽すことは出来ない。俺は徒らに一足でも前へ出ようと努力しながら、しかも恐しい不可抗力のもとにやはり後へ下って行った。そのうちに馭者の「スオオ」と言ったのはまだしも俺のためには幸福・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 由来我々筆舌の徒ほど始末の悪いものはない。談ずる処は多くは実務に縁の遠い無用の空想であって、シカモ発言したら々として尽きないから対手になっていたら際限がない。沼南のような多忙な政治家が日に接踵する地方の有志家を撃退すると同じコツで我々・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・福岡日日新聞が予に文壇の評を書けと曰うのは、我筆舌に課するに我思想の圏外の事を以てするのだ。予には文壇の評と云うものの書けぬことは、これで明であろう。そこで予は切角の請ながら、この事をば念頭に留めなかった。然るに主筆はまた突如として来られて・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫