・・・T君と喫茶店で紅茶を呑みながら同君の出品画「I崎の女」に対するそのモデルの良人からの撤回要求問題の話を聞いているうちに急激な地震を感じた。椅子に腰かけている両足の蹠を下から木槌で急速に乱打するように感じた。多分その前に来たはずの弱い初期微動・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・また昔レーリー卿が紅茶茶わんをガラス板の上ですべらせてみて、ガラスのよごれ方でひどく摩擦のちがうことを見て考え込んでいたことがあるが、これは近年になって固体や液体の表層に吸着した単分子層の研究の先駆をなしたものであった。これと似寄ったことで・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・耳の遠い髪の臭い薄ぼんやりした女ボオイに、義理一遍のビイルや紅茶を命ずる面倒もなく、一円札に対する剰銭を五分もかかって持て来るのに気をいら立てる必要もなく、這入りたい時に勝手に這入って、出たい時には勝手に出られる。自分は山の手の書斎の沈静し・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・僕は年五十に垂んとした其の年の秋、始めて銀座通のカッフェーに憩い僕の面前に紅茶を持運んで来た女給仕人を見ても、二十年前ライオン開店の当時に於けるが如く嫌悪の情を催さなかった。是が理由の第三である。 僕は啻にカッフェーの給仕女のみならず、・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・見ると紅茶です。ミルクも入れてあるらしいのです。私はすっかり度胆をぬかれました。「さあどうか、お掛け下さい。」 私はこしかけました。「ええと、失礼ですがお職業はやはり学事の方ですか。」校長がたずねました。「ええ、農学校の教師・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 彼等はそこを出てから、ぶらぶら歩いて紅葉屋へ紅茶をのみに行った。「陽ちゃんも、いよいよここの御厄介になるようになっちゃったわね」 ふき子は、どこか亢奮した調子であった。「――本当にね」 楽しいような、悲しいような心持が・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・朝の食事はいつもきまって、パンと卵と紅茶とだけです。夏は卵のかわりにトマトをたべます。 昼はごく簡単な日本食をとります。 夜は六七時頃、三度のうちでは一ばん御馳走のある食卓にむかいます。 嗜好 わたくし・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・工場労働者でも、農民でも、スターリンだっても、朝はフーフーふくぐらい熱い紅茶にパンにバタをくっつけたのぐらいで、勤めに出てしまう。 昼十二時に、あっちでは朝飯というのをやる。一寸した腹ふさぎだ。卵をくったり、罐詰をくったり、牛乳またはチ・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の解放された生活」
・・・お客があって、妻が丁度話しに身が入った時、紅茶を出すべき刻限になった。良人が立って行って、先刻妻の準備して置いた道具を持って来、それに湯を注ぐ。気がついて、夫人も話しながら体を動かして、菓子やその他を配るでしょう。 何についても、斯様な・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 女中の持って来たチョコレートと紅茶を千世子は立って自分で配りながら、 おきらいじゃあないでしょう? 笑いながらクリクリに刈った肇の頭の地の白く見えるのを上から見ながら云った。「この人はねえ、チョコレートのそこぬけな・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫