・・・省略され、ときには素早い現実の動きをおっかけた飛躍のあるタッチで、重吉とひろ子という一組の夫婦が、一九四五年の日本の秋から冬にかけてのめをみはるような時期に生きた錯雑がとらえられている。そこには特殊であって、また普遍性をもついくつもの課題が・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・○緑色と卵色の縞のブラインドのすき間からは、じっと動かない灯と絶えず揺れ動く暖炉の焔かげとが写り、時に、その光波の真中を、若い女性らしい素早い、しなやかな人かげが黒く横切った。○子供は、両端の小さくくれたくくり枕のような体を・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・ 禎一は、素早い愛の感づきを苦笑し乍ら顎を撫でた。「――真逆と思うがね、どうも。――でも、これ迄家ん中に此那ことはなかったんだからな」「ふきは、これ迄彼那に手伝って貰って居たって決して此那ことはなかったわ――私、何だかいやだな、・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ うす青い様な空気の中に素早い動作で游いで居るトンボと蝙蝠の幾匹かは、一層高いところを、東へ東へと行く白鳥の灰色の影の下に如何にも微妙な運動をしめして居る。 つめたい風が渡って居そうに暗い木陰に、忘られた西洋葵の焔の様な花と、高々と・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・ マダム・ブーキンはちらりと素早い流眄をマリーナに与えた。が、気落ちしているマリーナ・イワーノヴナはそれを捕えず、ただジェルテルスキーが家へ行こうと云ったのをだけ理解したように、重々しく椅子から立ち上った。 二・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫