・・・ それは真個のおしゃれが低い意味での技巧で追つかないと同じで、心のおしゃれも、生々した感受性や、感じたものを細やかにしっとりと味わって身につけてゆく力や、心の波を周囲への理解の中で而もたっぷり表現してゆく力や、そう云うものの磨かれて・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・一度男の荒い掌がそこにさわってなでると、彼女は丁度荒い男の掌という適度な紙やすりでこすられた象牙細工のように、濃やかに、滑らかに、デリカになる。野生であった女は、もっと野生な、力ある男の傍で、始めて自分の軟らかさ、軽さ、愛すべきものであるこ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・いつくと猶しみじみとそのさわやかさ、優美さ、特に夏の晴れた青空があいをはきよせたように濃やかな細葉のすき間にたたえられた調子など愛を感じる。朝、白い蚊帳の中に横たわってその戦ぎをながめる、ほとんど音楽が流れているようだ。〔一九二六年八月・・・ 宮本百合子 「竹」
・・・ その熱と、その水とに潤されて、地の濃やかな肌からは湿っぽい、なごやかな薫りが立ちのぼり、老木の切株から、なよなよと萌え出した優雅な蘖の葉は、微かな微かな空気の流動と自分の鼓動とのしおらしい合奏につれて、目にもとまらぬ舞を舞う。 こ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ この頃になって私はつくづく思うんです、 親の子供に対しての感情と云うものがどれだけ濃やかでどれだけ注意深い親切だかって事をねえ。 それで貴方子供はちっとも親になつかない、 まるで自分達にはなれた事だと思って考えて見たってハ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・ 少し頭の細やかな、頭の先立って育った人達は或る時期にある特別に涙っぽい気持を持って世の中のすべての事の一端をのぞいて全部だと思い込む人達であった。 心の隅に起った目に見えるか見えないの雨雲を無理にもはてしなく押し拡げて、降りそそぐ・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・において前衛である主人公の全生活感情は闘争と結合して、生々と細やかに描き出され、こしらえものの誇張や英雄主義が一切ない。日本のプロレタリア文学は、この「党生活者」において謂わば初めてボルシェヴィク作家によって書かれた真のボルシェヴィクを持っ・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・当時の名声高い作家バルザックの日常にふれてブランデスは濃やかな情感をこめて記述している。「彼は殆ど睡眠をとらなかった。」明方まで仕事をつづけて「少しく運動の必要を感じ、書いた原稿を手にして自分で印刷屋へ足を運び、校正の仕事に携った。それも彼・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・噂にしても、誰も明るい噂に餓えかつえているときだった。細やかな人情家の高田のひき緊った喜びは、勿論梶をも揺り動かした。「どんな武器ですかね。」「さア、それは大変なものらしいのですが、二三日したらお宅へ本人が伺うといってましたから、そ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・その間にはなお斗拱や勾欄の細やかな力の錯綜と調和とが、交響の大きい波のうねりの間の濃淡の多いささやかなメロディーのように、人の心のすみずみまでも響きわたるのである。さらにまた真理の宝蔵のように大地を圧する殿堂がある。それは人の心を甚深なる実・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫