・・・これらの偉大な学者や実際運動家は、その稀有な想像力と統合力とをもって、資本主義生活の経緯の那辺にあるかを、力強く推定した点においては、実に驚嘆に堪えないものがある。しかしながら彼らの育ち上がった環境は明らかに第四階級のそれではない。ブルジョ・・・ 有島武郎 「片信」
・・・ かつ『八犬伝』の脚色は頗る複雑して事件の経緯は入り組んでいる。加うるに人物がそれぞれの歴史や因縁で結ばれてるので、興味に駆られてウカウカ読んでる時はほぼ輪廓を掴んでるように思うが、細かに脈絡を尋ねる時は筋道が交錯していて彼我の関係を容・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・しかし、これまでの経緯は一応、奥さんに申し上げて置きます」「はあ、どうぞ。おあがりになって。そうして、ゆっくり」「いや、そんな、ゆっくりもしておられませんが」 と言い、男のひとは外套を脱ぎかけました。「そのままで、どうぞ。お・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ こんな経緯で、私の家にもラジオというものが、そなわったけれども、私は相かわらず、あちこち、あちこちなので、しみじみ聴取した事は、ほとんど無いのである。たまに私の作品が放送せられる時でも、私は、うっかり聞きのがす。 つまり、一言にし・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・親兄弟に心配を掛け、女房、恋人にまで信用されず、よろしい、それならば乃公も、奮発しよう、むかしバイロンという人は、一朝めざめたら其の名が世に高くなっていたとかいうではないか、やってみよう、というような経緯は、誰にだってあることで、極めて自然・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・きのうも私は、阿佐ヶ谷へ出て酒を呑んだが、それには、こんな経緯が在るのだ。 私は、この新聞に送る随筆を書いていた。言いたい事が在ったのだけれど、それが、どうしても言えず、これが随筆でなく、小説だったら、いくらでも濶達に書けるのだが、と一・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・新柳町の或る家へ一時立ち退き、それからどうせ死ぬなら故郷で、という気持から子供二人を抱えて津軽の生家へ来たのであるが、来て二週目に、あの御放送があった、というのが、私のこれまでの浪々生活の、あらましの経緯である。 私は既に三十七歳になっ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ざいくな男でも、にわかにムラムラ自信が出て来て、そうしてその揚句、男はその女のひとに見っともないくらい図々しく振舞い、そうして男も女も、みじめな身の上になってしまうというのが、世間によく見掛ける悲劇の経緯のように思われます。女のひとは、めっ・・・ 太宰治 「女類」
・・・ 辰之助もその経緯はよく知っていた。今年の六月、二十日ばかり道太の家に遊んでいた彼は、一つはその問題の解決に上京したのであったが、道太は応じないことにしていた。今になってみると、道太自身も姉に担がれたような結果になっているので、人のよす・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・濁世にはびこる罪障の風は、すきまなく天下を吹いて、十字を織れる経緯の目にも入ると覚しく、焔のみははたを離れて飛ばんとす。――薄暗き女の部屋は焚け落つるかと怪しまれて明るい。 恋の糸と誠の糸を横縦に梭くぐらせば、手を肩に組み合せて天を仰げ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫