・・・ これは唯の結膜炎さ」 僕はふと十四五年以来、いつも親和力を感じる度に僕の目も彼の目のように結膜炎を起すのを思い出した。が、何とも言わなかった。彼は僕の肩を叩き、僕等の友だちのことを話し出した。それから話をつづけたまま、或カッフェへ僕を・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・――いささか気障ですが、うれしい悲しいを通り越した、辛い涙、渋い涙、鉛の涙、男女の思迫った、そんな味は覚えがない、ひもじい時の、芋の涙、豆の涙、餡ぱんの涙、金鍔の涙。ここで甘い涙と申しますのは。――結膜炎だか、のぼせ目だか、何しろ弱り目に祟・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・良のために生れた時から弱く小さく、また母乳不足のためにその後の発育も思わしくなくて、ただもう生きて動いているだけという感じで、また上の五歳の女の子は、からだは割合丈夫でしたが、甲府で罹災する少し前から結膜炎を患い、空襲当時はまったく眼が見え・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・流行性結膜炎である。下の男の子はそれほどでも無かったが、上の女の子は日ましにひどくなるばかりで、その襲来の二、三日前から完全な失明状態にはいった。眼蓋が腫れて顔つきが変ってしまい、そうしてその眼蓋を手で無理にこじあけて中の眼球を調べて見ると・・・ 太宰治 「薄明」
出典:青空文庫