・・・ 如何に罵られても、この夜ばかりは恨みにきかず、立ちどころに言い返して勝てば、一年中の福があるのだとばかり、智慧を絞り、泡を飛ばし、声を涸らし合うこの怪しげな行事は、名づけて新手村の悪口祭りといい、宵の頃よりはじめて、除夜の鐘の鳴りそめ・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・道子は制服のまま氷を割ったり、タオルを絞りかえたりした。朝、医者が来た。肋膜を侵されているということだった。 医者が帰ったあとで、道子は薬を貰いに行った。粉薬と水薬をくれたが、随分はやらぬ医者らしく、粉薬など粉がコチコチに乾いて、ベッタ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・そして、自分たちがニューギニアでまるで乾いた雑巾から血を絞りとるほどほしかった航空機を作りに大阪の工場へ行くんだといって、じゃ、仲間の共同生活や小隊長を見捨てて行くのかという稗田の言葉には、大晦日に帰って来ると答えたまま出掛けてしまった。・・・ 織田作之助 「電報」
・・・と細川は搾り出すような声で漸と言った。富岡老人一言も発しない、一間は寂としている、細川は呼吸も塞るべく感じた。暫くすると、「細川! 貴公は乃公の所へ元来何をしに来るのだ、エ?」 寝たまま富岡先生は人を圧しつけるような調声、人を嘲ける・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・槽を使う(諸味を醤油袋に入れて搾り槽時に諸味を汲む桃桶を持って来いと云われて見当違いな溜桶をさげて来て皆なに笑われたりした。馴れない仕事のために、肩や腰が痛んだり、手足が棒のようになったりした。始終、耳がじいんと鳴り、頭が変にもや/\した。・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・麻の葉模様の緑がかった青い銘仙の袷に、やはり銘仙らしい絞り染の朱色の羽織をかさねていた。僕はマダムのしもぶくれのやわらかい顔をちらと見て、ぎくっとしたのである。顔を見知っているというわけでもないのに、それでも強く、とむねを突かれた。色が抜け・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・派手な大島絣の袷に総絞りの兵古帯、荒い格子縞のハンチング、浅黄の羽二重の長襦袢の裾がちらちらこぼれて見えて、その裾をちょっとつまみあげて坐ったものであるが、窓のそとの景色を、形だけ眺めたふりをして、「ちまたに雨が降る」と女のような細い甲・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・胡麻。絞り染。蛸の脚。茶殻。蝦。蜂の巣。苺。蟻。蓮の実。蠅。うろこ。みんな、きらい。ふり仮名も、きらい。小さい仮名は、虱みたい。グミの実、桑の実、どっちもきらい。お月さまの拡大写真を見て、吐きそうになったことがあります。刺繍でも、図柄に依っ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・の視覚的代表者をどこから拾って来るか、それをいかなる距離、いかなる角度、いかなる照明で、フィルムの何メートルに撮影し、それを全編のどの部分にどう入れるか、溶明溶暗によるかそれとも絞りを使うか、あるいは重写を用いるか。これらの選び方によって効・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・冬はまさにその反対に屋内の湿気は外へ根こそぎ絞り取られる勘定である。 日本では、土壁の外側に羽目板を張ったくらいが防寒防暑と湿度調節とを両立させるという点から見てもほぼ適度な妥協点をねらったものではないかという気がする。 台湾のある・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
出典:青空文庫