・・・大久保は絶叫した。 大きい男が、笑いながら町の方からやって来た。中畑さんである。中畑さんは、私の姿を見ても、一向におどろかない。ようこそ、などと言っている。濶達なものだった。「これは私の責任ですからね。」北さんは、むしろちょっと得意・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・私は、これより数段、巧みに言い表わされたる、これら諸感情に就いての絶叫もしくは、嗄れた呟きを、阪東妻三郎の映画のタイトルの中に、いくつでも、いくつでも、発見できるつもりで居る。殊にも、おのが貴族の血統を、何くわぬ顔して一こと書き加えていたと・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・こいつが、アレキサンダア・デュマの大ロマンスを読んで熱狂し、血相かえて書斎から飛び出し、友を選ばばダルタニアンと、絶叫して酒場に躍り込んだようなものなのだから、たまらない。めちゃめちゃである。まさしく、命からがらであった。 同じ失敗を二・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・危ないと車掌が絶叫したのも遅し早し、上りの電車が運悪く地を撼かしてやってきたので、たちまちその黒い大きい一塊物は、あなやという間に、三、四間ずるずると引き摺られて、紅い血が一線長くレールを染めた。 非常警笛が空気を劈いてけたたましく鳴っ・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ 自分もどこかの煙突の上に登って地震国難来を絶叫し地震研究資金のはした銭募集でもしたいような気がするが、さてだれも到底相手にしてくれそうもない。政治家も実業家も民衆も十年後の日本の事でさえ問題にしてくれない。天下の奇人で金をたくさん持っ・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・主人の貪欲不人情、竈の下の灰までも乃公の物なりと絶叫して傍若無人ならんには、如何に従順なる婦人も思案に余ることある可し。此時に当り婦人の身に附きたる資力は自から強うするの便りにして、徐々に謀を為すこと易し。仮令い斯くまでの極端に至らざるも、・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・例えば、政府の施政が気に喰わなんだり、親達の干渉をうるさがったり、無暗に自由々々と絶叫したり――まあすべての調子がこんな風であったから、無論官立の学校も虫が好かん。処へ、語学校が廃されて商業学校の語学部になる。それも僅かの間で、語学部もなく・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・作品批評の表現をとっているけれども、これはわたしの生きて体を流れ貫いている血が信じるに足りない者であることを次々に示してゆく、かつての仲間に対して、人間として妻として抗議しずにいられなかった絶叫であった。だから、批評の対象とされた作家は度は・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・いきなり、直截に、自身の心をむき出して、そんなものはイヤだ、イヤだと絶叫した。 全露農民作家団は、革命第十年目のソヴェト同盟に生活して、エセーニンがあったほど、そのように素朴ではない。 党は彼等を支持しているけれども、それは農民のう・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・若し其が真の価値批判に於て高価なものであるなら、所謂現代が嘲笑する伝統に晏如として自信ある認定を与えながら、如何に喋々され、絶叫される傾向であっても、其が無価値ならば、最後の唯一人として否定し得る、其の定見が総ての点に欲しいのでございます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫