・・・伝聞く北米合衆国においては亜米利加印甸人に対して絶対に火酒を売る事を禁ずるは、印甸人の一度酔えば忽ち狂暴なる野獣と変ずるがためである。印甸人の神経は浅酌微酔の文明的訓練なきがためである。修養されたる感覚の快楽を知らざる原始的健全なる某帝国の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・けれども学士会院がその発見者に比較的の位置を与える工夫を講じないで、徒らに表彰の儀式を祭典の如く見せしむるため被賞者に絶対の優越権を与えるかの如き挙に出でたのは、思慮の周密と弁別の細緻を標榜する学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・同じく愛を主とした他力宗であっても、猶太教から出た基督教はなお、正義の観念が強く、いくらか罪を責むるという趣があるが、真宗はこれと違い絶対的愛、絶対的他力の宗教である。例の放蕩息子を迎えた父のように、いかなる愚人、いかなる罪人に対しても弥陀・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・ということほど、私にとって絶対不惑の事実はない。あらゆる多くの人々の、あらゆる嘲笑の前に立って、私は今もなお固く心に信じている。あの裏日本の伝説が口碑している特殊な部落。猫の精霊ばかりの住んでる町が、確かに宇宙の或る何所かに、必らず実在して・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ ――決闘をするような男じゃ、絶対にないのだが。―― 安岡は、そんな下らないことに頭を疲らすことが、どんなに明日の課業に影響するかを思って、再び、一二三四と数え始めた。が、彼が眠りについたのは、起きなければならない一時間前であった。・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・即ち今の有婦の男子が花柳に戯るゝが如き不品行を警しめたるものならんなれども、人間の死生は絶対の天命にして人力の及ぶ所に非ず。昨日の至親も今日は無なり。既に無に帰したる上は之を無として、生者は生者の謀を為す可し。死に事うること生に事うるが如し・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ここの善というのは神より見たる善であります。絶対善であります。それをもし私たちから見た善と解釈するとき始めて先刻のマットン博士の所説を生じます。現象はみな善である、私が牛を食う、摂理で善である、私が怒ってマットン博士をなぐる、摂理で善である・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 社会の内部の複雑な機構に織り込まれて、労働においても、家庭生活においても、その最も複雑な部面におかれている婦人の諸問題を、それだけきりはなして解決しようとしても、それは絶対に不可能であった。世界を見わたせば、一つの国が、封建的な性質か・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・それは、文学が絶対に文字を使用しなければならぬと云う、此の犯すべからざる宿命によって、「文字の表現」の一語で良い。これは、いかなるものと雖も認めるであろう。 しかしながら、その次に何物よりも、われわれの最もより多く共通した問題となる・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・イゴイズムそのものは絶滅は望まれないまでも、イゴイズムをして絶対に私の愛を濁さしめないことは、私の日常の理想でありまた私の不断の鞭です。この志向だけについて言えば別に問題はありません。これが真の自己を生かせる道ですから。 しかし私は自己・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫