・・・つまり言うたら、手っ取り早いとこ乳にありついたいうわけやが、運の悪いことは続くもんで、その百姓家のおばはん、ものの十日もたたんうちにチビスにかかりよった。なんぼ石切さんが腫物の神さんでも、チビスは専門違いや。ハタケは癒せても、チビスの方はハ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が、続く対花田戦でも、坂田はやはり第一手に端の歩を突いた。こんどは対木村戦とちがって右の端の歩だったが端の歩にはちがいはない。そして、坂田はまたもや惨敗した。そのような「阿呆な将棋」であった。 しかし、坂田の端の歩突きは、いかに阿呆な手・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・何をやりはじめてもそういうふうに中途半端中途半端が続くようになって来た。またそれが重なってくるにつれてひとりでに生活の大勢が極ったように中途半端を並べた。そんなふうで、自分は動き出すことの禁ぜられた沼のように淀んだところをどうしても出切って・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・立ち続く峰々は市ある里の空を隠して、争い落つる滝の千筋はさながら銀糸を振り乱しぬ。北は見渡す限り目も藐に、鹿垣きびしく鳴子は遠く連なりて、山田の秋も忙がしげなり。西ははるかに水の行衛を見せて、山幾重雲幾重、鳥は高く飛びて木の葉はおのずから翻・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・『わたしも帰って戦争の夢でも見るかな』と、罪のない若旦那の起ちかかるを止めるように『戦争はまだ永く続きそうでございますかな』と吉次が座興ならぬ口ぶり、軽く受けて続くとも続くともほんとの戦争はこれからなりと起ち上がり『また明日の新・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ この談だけでもかなり骨董好きは教えられるところがあろうが、談はまだ続くのである。それから年月を経て、万暦の末年頃、淮安に杜九如というものがあった。これは商人で、大身上で、素敵な物を買出すので名を得ていた。千金を惜まずして奇玩をこれ購う・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・そよとの風も部屋にない暑い日ざかりにも、その垣の前ばかりは坂に続く石段の方から通って来るかすかな風を感ずる。わたしはその前を往ったり来たりして、曾て朝顔狂と言われたほどこの花に凝った鮫島理学士のことを思い出す。手長、獅子、牡丹なぞの講釈を聞・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・私たちは東京で罹災してそれから甲府へ避難して、その甲府でまた丸焼けになって、それでも戦争はまだまだ続くというし、どうせ死ぬのならば、故郷で死んだほうがめんどうが無くてよいと思い、私は妻と五歳の女の子と二歳の男の子を連れて甲府を出発し、その日・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・万歳の声が長く長く続く。と忽然最愛の妻の顔が眼に浮かぶ。それは門出の時の泣き顔ではなく、どうした場合であったか忘れたが心からかわいいと思った時の美しい笑い顔だ。母親がお前もうお起きよ、学校が遅くなるよと揺り起こす。かれの頭はいつか子供の時代・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・この最後の長線はどこまで続くか不明である。第一の短線と第二の短線との間が約十年でこの二つははっきり分かれている。第二短線と第三長線との間は四年しかないので、第三線の初めごろの事がらがどうかすると第二線内の事がらの中に紛れ込んで混同する恐れが・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫