・・・「あの鴎は綺麗な鳥ですね」と藤さんがいう。「あれは鳩じゃありませんか」「ほほほほ、あれじゃないんですの。あたしね、ほほほほ」「どうしたんです?」「いいえ、あたしとんでもないことを思いだしたんですわ」と一人で微笑む。「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・なるべく、甘い愛情ゆたかな、綺麗な物語がいいな。こないだのガリヴァ後日物語は、少し陰惨すぎた。僕は、このごろまた、ブランドを読み返しているのだが、どうも肩が凝る。むずかしすぎる。」率直に白状してしまった。「僕にやらせて下さい。僕に、」ろ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・どこを見ても綺麗に掃除がしてある。片付けてある。家がきちんと並べて立ててある。およそ十二キロメエトルほど歩いて、自動車を雇ってホテルへ帰った。襟の包みは丁寧に自動車の腰掛の下へしまっておいて下りた。おれだって、あしたはきっと戻って来るとは知・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・そして電磁気や光に関する理論の多くの病竈はひとりでに綺麗に消滅した。 病源を見つけたのが第一のえらさで、それを手術した手際は第二のえらさでなければならない。 しかし病気はそれだけではなかった。第一の手術で「速度の相対性」を片付けると・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・「ほう、綺麗になったね」私はからかった。「そんな着物はいっこう似あわん」桂三郎はちょっと顔を紅くしながら呟いた。「いくらおめかしをしてもあかん体や」彼はそうも言った。 私たちはすぐに電車のなかにいた。そして少し話に耽っている・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・を萌すに由なからしむるほどの遠見と憂国の誠もなく、事後に局面を急転せしむる機智親切もなく、いわば自身で仕立てた不孝の子二十四名を荒れ出すが最後得たりや応と引括って、二進の一十、二進の一十、二進の一十で綺麗に二等分して――もし二十五人であった・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ それだから、ちょうどそのとき、一匹の大きなセッター種の綺麗な毛並の犬が、榛の木の並樹の土堤を、一散に走ってくるのを知らなかった。「チロルや、チロル、チロルってば……」 くさりを切らした洋装の娘が断髪を風に吹きなびかして、その犬・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・子供の手を引いて歩いてくる女連の着物の色と、子供の持っている赤い風船の色とが、冬枯した荒凉たる水田の中に著しく目立って綺麗に見える。小春の日和をよろこび法華経寺へお参りした人たちが柳橋を目あてに、右手に近く見える村の方へと帰って行くのであろ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・幾らか綺麗な若いものは三味線よりも月琴を持って流行唄をうたって歩いた。そうして目明が多くなった。お石は来なかった。それっきり来なくなったのである。太十は落胆した。迷惑したのは家族のものであった。太十は独でぶつぶついって当り散した。村の者の目・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・あの中にあんな綺麗な着物を着た御嫁さんなんかがいるんだから、もったいない。光秀はなぜ百姓みたように竹槍を製造するんですか。 木更津汐干の場の色彩はごちゃごちゃして一見厭になりました。御成街道にペンキ屋の長い看板があるから見て、御覧なさい・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
出典:青空文庫