・・・ 長提灯の新しい影で、すっすと、真新しい足袋を照らして、紺地へ朱で、日の出を染めた、印半纏の揃衣を着たのが二十四五人、前途に松原があるように、背のその日の出を揃えて、線路際を静に練る…… 結構そうなお爺さんの黒紋着、意地の悪そうな婆・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・氏神の夏祭には、水着を着てお宮の大提燈を担いで練ると、日当九十銭になった。鎧を着ると三十銭あがりだった。種吉の留守にはお辰が天婦羅を揚げた。お辰は存分に材料を節約したから、祭の日通り掛りに見て、種吉は肩身の狭い想いをし、鎧の下を汗が走った。・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・いまさら道場へかよって武技を練るなどはとても出来そうもないのである。私は一生、だめな男なのかも知れない。それにしても、あの鴎外がいいとしをして、宴会でつかみ合いの喧嘩をしたとは初耳である。本当かしら。黄村先生は、記録にちゃんと残っている、と・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・もともと佐野君は、文人としての魂魄を練るために、釣をはじめたのだから、釣れる釣れないは、いよいよ問題でないのだ。静かに釣糸を垂れ、もっぱら四季の風物を眺め楽しんでいるのである。水は、囁きながら流れている。鮎が、すっと泳ぎ寄って蚊針をつつき、・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・一体にもう少し修辞法を練る余地があるのではないかと思われました。 日本の従来の「短歌」とは形式ばかりでなく内容的にも大分ちがった別物とは思いますが、こういう新しい詩形に固有な新しい詩の世界を創造して行くのは面白いことだろうと思われます。・・・ 寺田寅彦 「御返事(石原純君へ)」
・・・体力だけを練るのは未開時代への逆行である。 タイピストの一九二九年のレコードは一分に九十六語でこれはフランスの某タイプ嬢の所有となっている。これなども神経のはたらきの可能性に関するものである。 ロスアンゼルスのアゼリン嬢は三十六秒間・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・然り而してその男子の如くなるや、知識気力の深浅強弱如何の辺に止まり、専ら精神を練るの教えを主として、当局の婦人においても、その範囲を脱せざれば甚だ佳しといえども、文明の事は有形の門より入るもの多きの例なれば、婦人の教育についてもその形を先に・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・想うに蕪村は誤字違法などは顧みざりしも、俳句を練る上においては小心翼々として一字いやしくもせざりしがごとし、古来文学者のなすところを見るに、多くは玉石混淆せり、なすところ多ければ巧拙両つながらいよいよ多きを見る。杜工部集のごときこれなり。蕪・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫