・・・それがたとえ事実とどれほど離反していても、そんなことは元来加害者にも被害者にも縁故のない赤の他人の一般読者にはどうでもよいのである。「どこかに人殺しがあった」という事実だけが正確でうそでなければ、それ以外の間違いについて新聞社に苦情を持ち込・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・適当な教師があれば教わりたかったが、そういう方面に少しの縁故ももたなかったし、またあったにしてもめったな人からは教わりたくもなかった。それでやっぱりいろんな書物にかいてあるひき方を読んでは、ひとりでくふうしながら稽古していた。いつまでもろく・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・この絵巻がそれから四十年の月日の間にどういう運命を閲したか、もしかこの『旅と伝説』の読者のうちで、かの地に縁故のある人でもいて、この貴重な文献の所在をつきとめ、そうして、もしまだそうなっていないならば、それを永久に安全な場所に安置し、そうし・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・あとで聞いたら、その独唱者は音楽学校の教師のP夫人で、故人と同じスカンジナビアの人だという縁故から特にこの日の挽歌を歌うために列席したのであったそうである。ただその声があまりに強く鋭く狭い会堂に響き渡って、われわれ日本人の頭にある葬式という・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ 文学者でチェルシーに縁故のあるものを挙げると昔しはトマス・モア、下ってスモレット、なお下ってカーライルと同時代にはリ・ハントなどがもっとも著名である。ハントの家はカーライルの直近傍で、現にカーライルがこの家に引き移った晩尋ねて来たとい・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・もっともこれは創作の低気圧のためであったけれども、来客謝絶は表向き双方同じ事なんだから、この看板を引き下ろさせるだけの縁故も親しみもない両人は、それきり面談をする機会がなかった。 ところがある日の午後湯に行った。着物を脱いで、流しへ這入・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
今日は図らず御招きに預りまして突然参上致しました次第でありますが、私は元この学校で育った者で、私にとってはこの学校は大分縁故の深い学校であります。にもかかわらず、今日までこういう、即ち弁論部の御招待に預って、諸君の前に立っ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・ 自白すると余は万年筆に余り深い縁故もなければ、又人に講釈する程に精通していない素人なのである。始めて万年筆を用い出してから僅か三四年にしかならないのでも親しみの薄い事は明らかに分る。尤も十二年前に洋行するとき親戚のものが餞別として一本・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・こんな多勢の人達が悉皆出征なさる方に縁故のある人、別離を惜しみに此処に集ってお居でなさるのかと思ったら、私は胸が一杯になりましたの。『若子さん、中へは這入れそうもないことよ。』 各箇かの団体の、いろいろの彩布の大旗小旗の、それが朝風・・・ 広津柳浪 「昇降場」
・・・「ふん、なんだと、お前はなんの縁故でこんなことに口を出すんだ」「おいおい、あんまり大きなつらをするなよ。ええおい。おれは縁故と言えば大縁故さ、縁故でないと言えば、いっこう縁故でもなんでもないぜ、が、しかしさ、こんなことにはてめえのよ・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
出典:青空文庫